国連の敵国条項「日本」を背後霊にした、侵略者朝鮮人らの民族性を知って於きましょう・・。
戦後混乱期の朝鮮半島から大量密入国と言う、占領軍GHQに占領統治されてた時期、日本人男性は戦地から殆ど戻されておらず、男手が乏しい日本列島はその占領軍GHQが日本警察の代役をしてた分けだが、密入国朝鮮人らは武器を易々と手に入れ、留守家庭同然の日本社会は想像を絶する惨状と化してしまってた事を、近年、漸く実際の状況を知る人達も口に出せる状況になり始めて参りました。草莽崛起の大国民行動や運動などで触発され、インターネットの拡散能力も相まって世界的に注目を浴びて来てる状況となり、恐怖の公職追放令のトラウマから脱しつつあるのも現実であると思います。
この闘いに於いて、草莽崛起を社是に掲げて(株)日本文化チャンネル桜を設立する為に私財を投げ打ち、御自身は賃貸住まいの生活環境に身を置き変えてまで、一時の資金切れ中断の事態を克服し、全国からのチャンネル桜が消えれば、国民の声の結集と発言の場もインターネットからの新しい真実の情報収集も途絶え、事実上、国民の底力を示す手段が無くなる現実を確りと理解しておられる有志が、二千人委員会メンバーに参集されてる支援により、草莽メディアとして国民の意思を政財界へ強く影響させて来ています。
文字通り、国民の意思次第で番組放映が続けられるか如何かを決められて行く形式のテレビ局です。インターネット・他の活動団体・新聞テレビ業界にも強く影響を与えて来ておりますが、戦後から今日まで続いて来てる白旗外交と、国連敵国条項「日本」を背後霊にした国賊売国奴の大量発生で、社会の異様状況に端を発して目覚めかけて来たとは言えども、まだまだ日本解体勢力の力は強大の情勢は変わらず、民主党政権に見られる通り日本解体政策があからさまに実行されて居ります。この状況に国民が立ち上がれる環境を維持するには、新聞テレビが、侵略、敵方の宣伝工作部の手に陥ちてるに等しい中、唯一、国民の為の草莽テレビ局の危機管理が重要です。
救国活動の力石である事を御認識頂けた時は、敵勢力が陣取り洗脳番組が強くなりつつあるNHKの解体へ契約解除で鉄槌を喰らわすと共に、行動の力石となってるチャンネル桜を資金面から個人個人の融通で支えて放映時間を従来へ近づけ、より一層の情報発信と行動と政財界への影響力を保持させようでは有りませんか。
今、話題中の混乱期の日本国内での朝鮮進駐軍の蛮行が、朝鮮半島に於いても同様だった事が語られています。
未だ、目に留まって無かった方にも知ってて頂きたいので掲載いたします。
・・・・・以下コピペ
和夫一家殺害事件 敗戦直後の朝鮮の状況 2011-10-04 06:30:40
http://ameblo.jp/campanera/entry-10275463036.html
http://ameblo.jp/vanzai-nippon/
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http://blogs.yahoo.co.jp/l2l_haijin_l2l/29794911.html
動画 戦後朝鮮の日本人殺害☆和夫一家殺害事件☆について
私は生粋の韓国人だ。でも、韓国人というものがあまりにも情けなく、えいっと殺してしまいたいときがある。なぜ日本の蛮行は暴くのに、自分たちの汚い利己心と低劣な鍋根性には目をつぶるのか?
日帝時代、朝鮮に移り住んだ日本人の中には、明らかに立派な人々も多かった。ところが、和夫一家殺害事件のように、韓国人は自分たちの間違いを、日本がやったから俺たちもやったんだというふうに弁明し、事件を矮小化、隠蔽しようと躍起になっている。
和夫の亡骸は、釜山に大切に移葬され、毎年、日本人の墓参りが絶えない。以下は、和夫夫婦が死んだ日、ふだん彼から深い恩を受けていた金ソンス君が見聞きしたことを記録した証言だ。事件当時、金ソンス君も加害者だったが、殺害行為には同調しなかったそうだ。
和夫氏は、日帝時代によく見られた、慶尚道地方の日本人地主だった。地主とはいうものの、和夫の家族は日本政府の朝鮮移住政策にしたがって、乗り気ではなかった朝鮮生活を始めたものだ。公務員だった和夫は、政府の命令にしたがって仕方なく朝鮮へ赴任したのだ。そのころの日本は、一種の軍事独裁体制で、政府の命令に従わなければすぐに売国奴として排斥されそうな雰囲気があったという。
当時、朝鮮にいた日本人地主のなかには、朝鮮人の小作人たちから、法の規定以上の小作料を取り立てる、怪しからぬ人々もいたが、ふだんから人情味の厚かった和夫は、小作料を収穫全体の十分の一とし、村人たちを家族のようにみなして喜びも悲しみもともにした。
自分たちの生活が困らなかったので、総督府の法令にしたがって、やむをえず受け取らなければならない最小限の小作料だけをとったのだった。
貧しい小作人が食料がないと泣きつけば、喜んで食べるものを分けてやったし、村で誰かの葬礼があれば、家族総出で駆けつけ、食事の支度はもちろん、自ら慟哭して、悲しみを分かちあうこともあった。このように、和夫は人間への温かい愛情をもった、真の人間だった。
また、和夫は近くに行き場のない孤児がいると、連れ帰って面倒を見ていたが、その数は、一人、二人と増え、四、五年たつといつのまにか私設孤児院規模にまで増えてしまった。けれども、和夫夫婦はこれら孤児たちを家族のように愛し、自ら喜んで彼らの父、母を称した。
和夫の家族は、ふだん、このように朝鮮人を愛し、日本軍国主義の簒奪に憤慨するような人々だった。しかし、彼らは、日本の天皇が降伏宣言をした一九四五年八月十五日、自分たちが育てた朝鮮人孤児たちにより、凄惨に殺害されたのだ。
その日、まさに万歳の声とともに、太極旗が波のように風になびきつつ、朝鮮人の世がやって来た。神は、自分が受けるべき朝鮮人の愛を横取りしたと、和夫君に嫉妬したのか?
彼がわが子のように育て、東京帝国大学に留学までさせたAの主導下に、彼の家で教育を受け、育ち、成人した青年たちが、斧と鍬、スコップを手に、和夫のもとに押しかけた。そのとき現場にいた金ソンス君は、次のように証言している。
和夫:(穏やかな目で)なんでこんなことを、子どもたちよ。
A:チョッパリ! 日本へ失せろ、失せちまえ。
和夫:(怒ったような声で)私が、お前たちにどんな間違いをしたというんだ。お前たち、みなが私の息子だ。私はこの家の家長であり、お前たちの親だ。お前たちの祖国が解放されたことは、私もふだんから待ち望んできたことだ。
踊りでも踊りたい気分の日に、なんだって凶器をもって私の所に詰めかけたりするんだ。私は決してお前たちをそんなふうに教育したおぼえはない。(涙を流しながら)ほんとうに悲しいことだ。
朝鮮の息子たちよ。私が愛を傾け、育ててきた結果は、つまるところ日本人と朝鮮人は融和できないということなのか。お前たちが望むなら、帰ってやるわ。
A:意味深長な目配せをBに送る(財産をすっかり処分して帰ったら、おれたちはどうやって食っていくんだ?)
B:死ね、チョッパリ、シッパルノマ。
間髪入れず鍬が、和夫の後頭部に振り下ろされたのと同時に、数多くのスコップと斧が彼の体をずたずたに引き裂きはじめた。
このとき、和夫の妻が我慢できずに飛び出してきた。それまで黙っていたCは、和夫の妻を見て、彼女の長い髪をつかみ、庭の奥まったところに引きずっていった。
そしてなんと十三人がかりで、ほんの一週間前までお母さんとして恭しく仕えていた彼女を、強姦しはじめた。(金ソンス君は、この期に及んで自分が止めに入ったら、自分も殺されただろうと言った)。
強姦に耐えられなかった彼女は、行為の途中で死亡し、Dは、ふだんお母さんと呼んでいた彼女の全身を滅多刺しにするだけでは足りず、内臓をひきずり出して、まき散らした。
和夫には、一人の幼い娘がいた。ふだん模範的でいい子だったヒミコさんは、放課後、家に帰ってきて、両親の身に起こった惨状を見、気が触れてしまった。ヒミコが何日間も慟哭する声に、近隣住民たちは眠れなかったそうだ。
その後、孤児になったヒミコは、食べ物を乞おうと、その付近をさまよったが、朝鮮人は誰一人彼女に目もくれず、知らないふりをした。
結局、彼女は九日後、村の橋の下でやせ衰えた死体となって発見された。当時、ヒミコは小学校六年生の幼子だった。和夫の財産は、勇猛で愛国心に燃えたつ朝鮮の青年たちの手にそっくり渡り、この事件は村人たちの沈黙の中、しだいに忘れられて行った。
親日派のための弁明 金完燮
草思社 ISBN:9784794211521
扶桑社 ISBN:9784594048334
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どんなに無念だったことか。
私たち日本人は、決して忘れませんよ。
・・コピペ終了。
邪悪思想の左巻き患者らによる、確信犯的、又は思考停止を装いながら真実を隠匿し、ニセ情報を撒き散らし、自分自身も親族も日本全体を貶め続けて居るこの自虐思考を強要する輩等は、本来的には、外患罪で即刻打ち首にされなければならない連中であります。
この邪悪思想被害者は60年以上前からのもので、今日に於いては政界に於いても、コレでヘタレさせられたり思考停止状態の自己中患者の様な政治家が、国より自分を護る事を優先させる思考法が幅を利かせてる世界である事が分り良くなってる時局です。
国連の敵国条項「日本」とする為にデッチ上げられてる捏造近現代史は、この今、真実を知らない日本人が居なくなるまで、経緯経過を国民の前に明らかにさせて於かなければ、今後は二度と捏造歴史の粉砕は出来無きなり、現在の国際的左翼工作の先兵役を務める第三国からの日本侵略は正当化され、自動的に急坂を下るが如く、日本は第三国の支配下に入ってしまうのは時間の問題であります。
日教組教育の日本破壊の策謀に於ける根底的策動として、先ずは朝鮮人らによる全分野へナリスマシを蔓延らせ、それらの代表的朝鮮文化のイジメ根性で脅迫行為を闊達にさせ、日本社会のシステムに、その悪行を支援擁護のシフト造りに公権力の世界からの天下りOBらを取込み、現役の世界を掌握するヤミの人脈構成を構築させ、日本を左翼国家へと日本を飲込む工作が居ます。この日本解体作業の重要家庭に於いては、同じ密入国者朝鮮人ギャングに乗込まれ支配されて来ていた、日本共産党・創価学会による創共協定・共創協定で事の大半が進められて来たのは歴然であります。
従って、現実的に日本危機を脱する為には、チョン密入国者らの帰国事業の再開を実施させれば良いだけだの現況で有ります。帰国事業・帰還事業は煉獄軍最高司令官であり、東京裁判最高責任者ダグラスマッカーサー元帥からの絶対命令であり、この実行途中のままの居座り民族である実態は、誤魔化し様の無い現実問題で有ります。
諸悪の根源パチンコ産業も、帰国命令の再開で簡単作業で完了させましょう。。。
いじめ増加に転換 7万7000件22年度小中高認知件数 実態把握進む 2012.2.6 22:48 [教育]
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120206/edc12020622510002-n1.htm
小中高校などで平成22年度に、いじめを認知した件数は7万7630件となり、前年度比6・7%増で、現行の調査方法となった18年度以降の減少傾向から初めて増加に転じたことが6日、文部科学省の「問題行動調査」で分かった。昨夏に公表した速報値に、東日本大震災で未集計だった被災3県分などを加え、確定値として発表した。
調査結果によると、小学校が最も多く3万6909件、中学校が3万3323件、高校が7018件、特別支援学校が380件だった。いじめが「解消した」割合は79・0%で前年度より0・5ポイント減った。
いじめの内容では「冷やかしや悪口」(66・8%)が最も多く、「仲間外れや集団無視」(20・8%)が続いた。パソコンや携帯電話による誹謗(ひぼう)中傷も3051件(3・9%)あった。
自殺した児童生徒は9人減の156人で、このうち、いじめがあったとされたのは中学生4人だった。
各学校での主ないじめの把握方法は児童生徒への個別面談や生活ノートなどだったが、文科省では21年度調査から個別アンケートの徹底を通知。今回の実施率は90・7%に上った。
文科省の担当者は、認知件数が増加に転じた理由について「単純増ではなく、個別アンケートが徹底されたため、実態把握が進んだのでは」としている。
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いじめ増加に転じる 文科省「掘り起こし進んだため」
中学授業で「百人斬り」 自虐的教育を報告 日教組教研集会 2012.1.30 20:46 (1/2ページ)[教育]
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120130/edc12013020470002-n1.htm
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富山県で行われている日本教職員組合(日教組)の教育研究全国集会(教研集会)で30日、日中戦争の南京戦で報道された日本軍の“百人斬(き)り”を事実と断定して中学生に教える教育実践が報告された。
“百人斬り”は歴史的事実として認められておらず、教科書にも載っていない。日教組が長年続けてきた日本軍を誇大に悪く描く自虐的な歴史授業がいまだにまかり通っている実態が浮かび上がった形で、識者は「極めて不適切」と批判している。教研集会は同日終了した。
“百人斬り”は昭和12年、東京日日新聞(現毎日新聞)に掲載され、旧日本軍の元将校2人がどちらが先に日本刀で百人斬るか競争を始めたという内容。
真偽をめぐっては、報道に立ち会った元カメラマンが「戦意高揚のための記事で、あり得ない話だ」と証言したほか、毎日新聞が平成元年に発行した「昭和史全記録」でも「事実無根」と自社の報道を否定。
さらに、両将校の遺族による名誉毀損(きそん)訴訟でも東京高裁が18年、「甚だ疑わしいものと考えるのが合理的」と指摘している。
ところが、長崎県新上五島町立中学校の男性教諭は「加害の事実」を教える平和学習として、“百人斬り”の新聞記事や写真を生徒たちに見せ、「日本は中国に攻め入って、たくさんの中国人を殺しました」「戦争になったら、相手国の人をたくさん殺せば殺すほど勲章がもらえてたたえられるんです」「だから殺されたのは兵士だけでなく、一般のお年寄りや女性、子供たちもです」と語りかけていた。
生徒たちは授業後、「中国人は日本からされたことをすごく許せないと思う」「事実を知った今、つらい過去と向き合い、立ち向かうことが償いだと思う」といった感想を述べていた。
元将校2人は南京の軍事法廷で無実を訴えたが、記事を根拠に処刑された。また“百人斬り”は戦後、中国が一方的に主張する「南京大虐殺」の象徴的な出来事として宣伝されてきた。
拓殖大学の藤岡信勝客員教授は「事実でない中国のプロパガンダを教えるという意味で問題。わが国の歴史に対する愛情を深めさせることを求めた学習指導要領にも反しており、極めて不適切だ」としている。