「保護主義」とは、国民の結合を守ること | mappyの憂国

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「保護主義」とは、国民の結合を守ること
中野剛志氏と柴山桂太氏の「グローバル恐慌の真相」を読んだ。


中野氏が1971年生まれ、柴山氏が1974年の生まれである。それぞれ40歳、37歳ということになろうか。これほどの若い新進気鋭の経済学者が出て来てくれた…。しかも、鋭い本質論を展開するその筆跡は右に並ぶものを許さない程である。

刺激に溢れた本である。最初の刺激は「戦前にもグローバル化の時代があった」ということである。「金本位制」の時代である。そして、国際金融の歴史が「金本位制」、「ブレトンウッズ体制」そして現代である「ポスト・ブレトンウッズ体制」と、この三つの段階に分けて国際金融のトリレンマ理論を用いて説明している。

※トリレンマ理論とは国際金融における「資本移動の自由」、「為替の安定化」、そして「各国の金融政策の自立性」、この三つを全て同時に確保することはできない…という理論

その事から、「自由貿易」や「グローバル化」が決して今に始まった事ではなく(ましてや“歴史の必然”などというものではなく)それぞれサステイナブル(永続可能)で無くなった為に体制の変遷が行なわれて来た…


私は手を合わせて拝みたくなった…。
刺激的な本である。この貴重な舌鋒鋭い頭脳が、いつの日か、世に認められ、称賛される時が来ると信じたい。



以下は、私の頭には荷が重すぎて要訳などとても出来ないので、本文からの勝手な選択による紹介である。


「グローバル化を支えているのは、資本移動の自由です。」

「リーマンショック以後の一連の経済危機を考えると、自由主義をベースとして正統派の経済学、経済思想だけでは解決の方向性がなかなか見えてこない。それどころか、自由化を闇雲に追求してきた結果が今の危機だと云える訳です」

「グローバル化がもたらすデフレ圧力をどう緩和するかを合わせて考えないといけない。そこで保護主義の問題が必ず出て来ると思うんです。」

「保護主義と云うのは非常に誤解の多い概念で、正統派の経済学や経済思想史ではもっとも異端視されている」

「保護主義とは何か、ここできちんと云っておく必要がありますね。と云うのも一般には保護主義と重商主義があまりにも混同されているからです。」

「重商主義というのは、商業を重んじるシステムですから、そのとき一番売れるものを海外に積極的に売っていきましょうというロジックなんです。それで言うと、今のグローバル化した世界が向かっているのは、明らかに重商主義です。」

「しかし、では国家はお役御免になったかというとまったくそんなことはない。表向き自由貿易ルールを守るという姿勢を見せながら、政府が率先して海外に売れるものを売っていくということも、同時におこなっているんです。」

「アメリカは農産品や金融・サービスなどの海外市場を広げていきましょう、相手が門戸を閉ざしていると見れば、外交的手段をあれこれ用いてこじ開けて行く。重商主義とはそういうもので、輸出を拡大して成長につなげていこうとするんです。だから現代は自由貿易を前提にした重商主義の時代で、自由貿易と重商主義は対立するものではないんです。」

「しかし日本では自由貿易と重商主義の仕分けができていないので、自由貿易が進むのはいいことだという話にすぐに搦めとられてしまう。」


この様に論考を進めて来た中野剛志氏と柴山桂太氏は、19世紀ドイツの政治経済学者フリードリッヒ・リストの「ネイションを主体としたリストの保護主義」を紹介し、論旨展開している。


「彼は自分の理論をステイトではなく、ネイション、あるいはネイション・ステイト(国民国家)の政治経済学と位置づけているんですよね。」

「ステイトが政治的、法的な制度を指すのに対して、ネイションは、人々の集団であり、彼らの間の社会的、文化的、あるいは心理的な紐帯(ちゅうたい)のことを意味するんですね。だから、リストは、自身の理論を「国民経済学」(ナショナル・エコノミー)と呼んで、国家の経済学とは異なるものだと明言したんです。」

「リストの政治経済学における主眼は、利益でも効用でも無く、国民が共有する「文化」なんです。さらにいえば、物質的要素と文化的要素は、相互に関連し、共に発展できるとかれはかんがえていたんですね。」

「当時ドイツは農業国で、農産品を輸出すれば儲かったんです。しかし、リストは当時ドイツの主力産業だった農業よりも、自分たちがまだ不得意だった工業を優先させなければいけないと言った。重商主義的に言えば、得意分野の拡大に重点を置くわけですが、ドイツが安い農産品をヨーロッパに輸出できるからと、そこばかり強化していてはドイツの発展はないと、リストは主張したんですね。むしろ、今後必要となる工業の発展のために、国内の工業を保護して、農業の後押しだけをするという政策はやめるべきだと言ったんです。」

「得意分野に特化するという重商主義に対して、国家の長期的な独立や、国家国民全体の繁栄のために、その時の短期的に儲かる産業に投資するのではなくて、長い目で見て国民経済全体が発展するものを奨励することが保護主義であると、リストは言ったわけです。」

「保護主義と云うのは、特定の産業を保護しろという話じゃないんですね。」
「そうなんです。日本で保護主義というと農業を保護するという話になる。もちろん保護すべきなんですが、それが目的なんじゃなくて、農業を含めた国内の分業や農民を含めた国民の結合を守るということの方が大事なんです。」

「保護主義についてのポイントは三つある。
一つは重商主義と保護主義は違うということ。
二つ目は、保護主義は、保護そのものが目的では無く、国内分業を進め、かつ分業した国民同士の結合を強めていくのが根幹で、それが経済発展につながるのだということ。
三つ目は、保護主義を実践するには、気候条件と一定の人口規模が必要であるということ。これがリストの保護主義論です。」

「全ての関税をゼロにしている国などないことを考えれば、自由貿易と保護貿易というのは、程度問題だとも言える」


(だから、自由貿易が常に正しくて保護主義が常に間違っているなどとは、とても言えるものではない。程度問題なのだから…)


「得意なものに特化して輸出で稼ぐということになると、自由貿易とは口ばかりで、ほとんど重商主義に近くなっているんですね。なぜ重商主義と自由貿易がちかくなるかといえば、他人の市場を奪い取るとか、経済的な利益だけで考えているからです。」
「こうした重商主義のロジックとリストの経済ナショナリズムが決定的に違うのは、富を取りに行くとか富を交換するといった論点では無く、富を自分でつくり出すにはどうしたらいいかという、生産の創造性について語った点です。」

「標準的な自由貿易の理論は、モノを交換すると効率が良くなるとか、消費者の効用が上がると言っているだけであって、そのモノ自体をどうやって人間がつくっていくのか、どういう条件があれば生産ができるのかという(生産の創造性)議論は、まったくなされていないんです。」

「経済システムがいかに文化や制度、法律、政治体制によって異なってくるか、…(中略)… 経済システムが国ごとにいかに違うのかというのを強調するのが政治経済学…」

「成長は生産性の向上から生まれると、とりあえず考えるにしても、何が生産性の向上につながるかは、歴史や文化といったその国に固有の事情によって違うというのが中野さんの言う経済ナショナリズムですね。」

「そうですね。経済ナショナリズムと言うと、すぐフアッショなイメージを想像して危険だとか、気をつけなくてはいけないというのがお決まりのセリフなんですが、私に言わせたら、国ごとの違いを一切無視して自由化するほうがよほど危険なんですよ」

「洗練された文化を持った国でないと、すぐれた産業は育たないし、創造性豊かな生産もない、ということですね。言いかえれば知識は、国民のなかで蓄積されている有形無形の資本のようなものだという考え方です。」
「言わば、ナショナル・キャピタルですね。」
「そうです。リストが言ったことを別の言い方に直すと、国民の生産力の背後にナショナル・キャピタルがあるということなんです。」


更に付け加えて、中野剛志氏は規制等の保護とその規制の撤廃について誤まったイメージがあるのではないか、と警鐘を鳴らす


「どうも日本人は歴史を誤解していて、かつては国家が規制と統制で保護していたのが、世の中が進歩して民が自立していった結果、競争が進んで保護がなくなったという勝手なイメージがある。しかし、それは逆なんですね。」

「むしろ、第一次世界大戦以前の資本主義は、デフレだろうが賃金がどう動こうが、労働者の保護は無かった。市場に任せて環境が破壊もされもしたし、児童労働だって平気でされていた時代なんです。完全に価格メカニズムで社会が破壊されていた時代が十九世紀であって、それを何とかしようと、福祉国家論やケインズ主義が出て来たんですね。社会が市場メカニズムに破壊されないためにです。それを進歩だと言えば、進歩するほど保護される領域は広がって、純粋に市場で決まる領域って狭くなるんですよ」

「同じことは自由についても言える。市場と言うのは自由すら破壊する可能性があるんです。だって、こんな生活をしたいという自由を、市場が束縛するわけですね。市場に任せることを自由と言うけど、市場のメカニズムに従わなければいけないということは、こっちに自由がないことなんですよ。食料が買いたくても食料の値段が高い。高いのは市場がお決めになったことだから、おまえは食料を食べる自由はないんだぞと、こうなるわけですよね。」


最後に中野剛志氏と柴山桂太氏は「大きな政府のジレンマ」について述べ、日本の、今、プラクテイカルにやるべきことを訴えて、議論の終わりとしている。


「日本も、1998年に、小さな政府を目指したからデフレに陥ったわけで、本当はバブル崩壊後は財政出動を継続して、大きな政府にしてデフレを食い止めなければいかなかった。ところが、その逆をやったので、こういうひどい目に遭ったわけですね。」

「そういう意味じゃ、今回は相当、大きな政府にしなきゃいけないんですね。もっと深刻なのは、自国を大きな政府にして、デフレ脱却ができてインフレに転じたら、今度はさっさとノーマルな経済に戻ればいいんですが、今みたいに世界中がデフレになりかかっているときは、自国だけをそう簡単にインフレにはできないですよ。」

「(中略)… 仮に大きな政府でインフレを起こす政策をやっても、国をオープンにしている限りはうまくいかない。外から、デフレの安い製品が我が国に殺到してデフレ圧力になってしまう。一時的に政府を大きくするのがデフレ脱却策なんですけれど、日本はそれすらやっていないんですが、仮にそれをやったとしても、世界中が不況になっているときはノーマルに戻れない可能性があるんです。世界も政府を大きくするかというと、グローバル化が進みすぎて、財政出動をやろうにも経常収支が赤字で、国債を海外から買われちゃっているのでできませんという国まであって、完全に行き詰っている。相当これは危険な状況ですよね。」


「そうすると、今プラクテイカルにやるべきことというのは限られています。一つはとりあえず自国民は守らなくてはいけないので、プロテクションが要りますよね。これは関税を上げるという意味だけじゃないわけです。とにかく海外は日本の市場や資本を取りに来るので、それに対してデイフエンスをしなければいけない。もう一つは、外需を奪い合う帝国主義的な争いに巻き込まれないようにするためには、ケインズ主義的に、内需を拡大するしかないと。だから、この二つなんです。」

「よく日本は少子高齢化だから、内需っていったって期待できないじゃないかという声があります。『TPP亡国論』にも書いたから繰り返さないけれど、財政破たん論はうそだということは確信を持っています。もちろん内需拡大をいくらしたって、夢のような高度経済成長なんか起きませんよ。けれど、それが起きないからやらないというのは、ばかげた議論です。今の日本は相当深刻な事態にあって、財政出動をやってもせいぜい息をつける程度なんです。それでも、あっぷあっぷでいいから、まず息をしないといけない。デフレ脱却の財政出動は、生きていくために必要なことなんです。」



現在の(体制側の)政治家、マスコミ、エコノミストさんたちは全く同意されていない。全く別の意見をお持ちの様である…