「菅さん、本当にそれでいいんですか」 ホームレスになったかつての同志が激白
2011.6.4 19:29
インタビューに答える、菅首相の元盟友の田上等氏=27日午後、東京・永田町(松本健吾撮影)
急速に求心力を失いつつある菅直人首相の姿は、かつての同志の目にどう映るのか。過去に首相と政治行動をともにしながら、現在は明暗分かれて横浜市でホームレスとして暮らす田上等さん(61)に聞いた。(村上智博)
菅さん、内閣不信任決議案の否決ではあざとい手法で首がつながりましたが、本当にそれでいいんですか。「してやったり」と思ったのでしょうが、鳩山由紀夫前首相との辞任合意をほごにし、すぐに「辞めることを約束したわけではない」と言うなんて…。
ペテン師と呼ばれて当然です。すぐにばれる嘘なんてしゃれになりませんよ。粘って時間稼ぎをしていればそのうち世論も付いてくると甘く考えていたふしがあるけれど、そんな延命策には誰もついてきやしません。いよいよ菅さんによって、日本の民主主義が壊されていくと感じました。
東京電力福島第1原発事故で何でも東電のせいにしたり、東電本店に怒鳴り込んだりしたのは、あなた独特の「合理性」からですね。みんな自己責任だと思っている。20年ほど前に私が自己破産したときも「自分の家を取られた不始末はお前の責任だ」と血も涙もなく突き放されました。それでも弁護士費用を立て替えてはくれましたが…。
インタビューに答える、菅首相の元盟友の田上等氏=27日午後、東京・永田町(松本健吾撮影)
あなたと出会ったのは、市川房枝元参院議員の選挙を手伝ったとき。あなたが選対本部事務局長で私が会計責任者。4つ年上で頼もしく見えましたが、当時から国家観や哲学なんてものはありませんでした。
昭和51年の衆院選に初めて臨んだ際は私が選対本部事務局長を務め、次に参院選に挑んで惨敗した後、次はどうするのか語り合いましたね。あなたは「たとえ応援してくれる人がいなくなって、おれ独りになってもやる」と強気でした。
いま、民主党内や野党からの「辞めろ」の大合唱にもめげない厚顔無恥な彼の姿に通じるものがあります。一度手にしたものは絶対、手放さない人です。
あなたは落選中、社会市民連合の代表となりましたが、口の利き方にはほとほとあきれていました。日ごろ手足となり応援してくれる年上の市会議員が事務所にきても、なぜか敬意を払おうとはしない。だから話はちっとも和まないんです。要は処世術がないのだと思います。
昔から、よく怒鳴っていました。そのくせ都合が悪くなると「田上く~ん」とすり寄ってくる。ひいき目に見ても、政治家としては修業が足りない。
私も昔は「菅さんが衆院議員になれば秘書になるのはおれだ」と思っていました。でも、結果が出ないと責任をすぐに「あいつが悪い」と人のせいにする性格が嫌になり、次第に距離を置くようになりました。
インタビューに答える、菅首相の元盟友の田上等氏=27日午後、東京・永田町(松本健吾撮影)
「菅が将来、もし首相になったら日本人を辞める」という仲間が周りに少なくなかったことを、ご存じないでしょう。
そんなあなたが首相になったのは国民にとっても不幸なことです。首相としての立ち居振る舞い、帝王学を学んだわけでもなく、たまたま自分のバイオリズムと世の中の周波数がかみ合ったからなれただけです。
大型連休中、まだ多くの被災者が不便な生活を強いられている中であなたが家族水入らずで中華料理店に行ったというニュースがありましたが、出前を取ればいい話です。
何を言われようと気にしない人だからしようがないけど、国民の生活が菅さんに「人質」に取られているように思えてくる。私だったら、自分の存在が果たして国民のためになっているのかを沈思黙考し、良心の呵責(かしゃく)に耐えかねてすぐにでも首相の座は降りるんですけどね…。
◇
【プロフィル】田上等
たがみ・ひとし 昭和25年生まれ、慶大卒。父は民社党の田上松衛参院議員。在学中から市川房枝元参院議員の選挙にかかわり、菅直人首相と知り合う。社会市民連合の創設メンバーの1人で、昭和54年から衆院選などに計5回立候補するもすべて落選。平成3年から15年間、国民健康保険組合で働いたが18年に退職。借金も重ねた結果、約3年前から路上生活を送り、古本集めなどで生計を立てている。離婚した元妻との仲人は菅首相。
糞菅もう 男らしく 潔く 身を引いてもらえないっ? 復興遅れるんだよね。 あんたみたいなのが 執着してると。。。。 中華料理屋ばかり行きやがって 日本料理屋いけよなっ!
日本財団会長・笹川陽平 これでいいのか、政治家諸君
2011.6.9 03:27 (1/3ページ)
≪自身の明日を優先するな≫
見るに堪えない政治の低迷と混乱が続き、国民の憤りと怒りは今や頂点に達している。国会議員諸君、皆さんは国家国民のために身を捧(ささ)げるという高邁(こうまい)な理想を持って政治の世界に入ったのではなかったか。然(しか)るに今や、その志どころか、党利党略さえも忘れ、議員として存在することだけが目的となっているのではないか。
政治が劣化した原因としては、小選挙区制度の欠陥のほか、国民・マスコミを含め社会全体が政治家を育てる努力を怠ってきたこの国の政治風土もある。しかし、それ以前に、政治家になって何をするかより、政治家になること自体が自己目的化した結果、政治家として国家国民に貢献する志より、権力の上にあぐらをかき、「自身の明日」を優先する独善的態度ばかりが目立つようになった。
わが国は今、東日本大震災で戦後最大の国難の真っただ中にいる。未曽有の被害の中で日本人の忍耐強さや礼儀正しさは今回も各国の称賛の的になっている。三宅島の噴火で全島民約3800人が避難した2000年、訪問先のイスラエルでペレス大統領から「どうして日本人はあのように整然と静かに行動できるのか」と問われたことがある。日本人の特性はいささかも変わっていないのだ。
≪「国民に甘えている」≫
被災地を訪れてみれば、内向き志向が指摘された若者たちが復旧事業やボランティア活動の先頭に立っている。復興に向けた義援金や支援金に寄せる国民の熱意も高い。その先頭に立つべき政治だけがいつまでも停滞した異常事態がこれ以上、続いていいのか-。これでは被災者は救われないし、国民も同様である。
「もう帰るんですか」。短時間の視察で切り上げようとした菅直人首相に被災者が発した怒りの一言は象徴的であった。同じことは、すべての政治家にも当てはまる。延べ数百人の政治家が被災地を慰問し、「頑張ってください」と言いながら、大震災から3カ月経過した現在も復興計画の青写真すら示されていない。
黙々と働く自衛隊や警察、消防に対する被災者の尊敬と感謝の念は強く、復興の足掛かりとなるNPO(非営利法人)やボランティア活動に対する評価も高い。それに対し政治家への怨嗟(えんさ)の声は今や被災地だけでなく国民すべてに満ちている。彼我の差が政治に対する国民の失望感にあるとしたら、政治家諸君は万死に値する。
米主要紙は「震災後の日本の混乱は政治指導力の欠如が原因」と書き、「下らない政府の下で国民はよく頑張っている」「(混乱は)政治が作り出した大震災」と皮肉った仏紙や中国紙もある。日本政治に詳しいジェラルド・カーティス米コロンビア大教授も東京での講演で「日本は社会がしっかりしているから政治が貧困なままでいられる」「日本の政治家は国民に甘えている」と指摘した。
こうまで言われてなお、政治家諸君は黙っているのか。首相の退任時期をめぐり前首相が現首相を「ペテン師」と非難する政治の姿は語るに落ちたの観ありだ。「国民不在」「単なる永田町のいす取りゲーム」と揶揄(やゆ)されて済む段階は過ぎた。今、被災地には、首相や閣僚より現場の先頭に立つ首長の方がよほどたくましく信頼できるといった声に溢(あふ)れている。真摯(しんし)に耳を傾けるべきである。
≪大死一番の覚悟を持て≫
尾崎行雄や犬養毅とともに議会政治に名を残す斎藤隆夫は昭和15年、日中戦争を批判した帝国議会での“反軍演説”で、2年余に3度も内閣が辞職した不安定な政局を前に「こういうことで、どうしてこの国難に当たることができるのか」「身をもって国に尽くすところの熱力が足らない」と政府を批判、衆議院議員を除名された。時代背景は違うが、政党政治の低迷を前に政治家の責任が厳しく問われた点で現在と共通する。
このまま国会が停滞し復興が遅れれば、経済はさらに落ち込み復興財源の確保さえ難しくなる。財政はさらに悪化し外交や安全保障にも悪影響が出よう。政党によって考えが違うのは当然である。しかし震災復興は、外交や安全保障と同様、国の存続にも関わる最重要テーマである。党派を超えて取り組むのが当然である。
震災発生後、多くの国から手厚い支援とともに日本の復興を信じる力強いメッセージが寄せられている。日本はこれまでも関東大震災や焦土と化した敗戦、阪神淡路大震災などあらゆる国難を乗り越えてきた。この国には十分な底力があり、今回も必ず復興する。
しかし、それには政治の再生が欠かせない。「政治家や政治のレベルは国民のレベルを超えない」との格言があるが、このままでは「国民は一流、政治は三流」の汚名を着ることにもなりかねない。日本には恥の文化がある。国家国民のため命を投げ出す覚悟のない政治家は大死一番、潔く議員バッジを外してほしい。こうした潔さが政治家の覚悟につながる。国家国民のためそうした気骨ある政治家の出現を期待してやまない。