私たちの体や口や心でやった行いは、運命という結果を生み出す力となって(業力)


私たちの根本の心に蓄えられると説かれています。

それが、縁にふれてさまざまな結果を生じているのだと説かれています。

ですので、

業力のことを、仏教で業種子(ごうしゅし)とも言われます。

種子とはタネということですから、私たちの行いは、目には見えませんが


運命を生み出すタネとなって、自分自身に蓄えられていると言われているのです。

ですから

善い行いは、善いタネとなってその人に蓄えられています。


そして、善いタネからは、善い結果が生じます。

悪い行いは、悪いタネとなってその人に蓄えられます。


そして、悪いタネからは、悪い結果が生じます。

自分のやった行いは、タネとなって自分自身に蓄えられます。


それは、自分に結果となって返ってきます。

これを

善因善果 悪因悪果 自因自果 といいます。

善い行いは、善業力(ぜんごうりき)として

悪い行いは、悪業力(あくごうりき)として

やった本人に蓄えられていますから、

必ず、

やった行いに応じた結果が、返ってきます。

自業自得とか、因果応報といわれますが、


これには寸分の狂いもないのだよとお釈迦様は教えられているのです。

【花にも遅咲きや早咲きがあるように


 私たちの種まきにも早く花開くものも


 あれば遅く花開くものもある】


頑張って努力しても、なかなか結果が返ってこないと、


無駄な努力をしてしまったと落ち込んでしまいます。こんな事ならやるの


ではなかったと、頑張ったことを後悔したくなります。

作物でも、タネによって早く実を結ぶものと、遅く実を結ぶものがあります。

たとえば、お米は種をまいたその年に実りをつけますが、「桃栗三年柿八年」という


諺があるように、実を結ぶまでに三年とか八年かかるものもあります。

私たちの「行い」も同じです。

仏教では、すぐに結果となって現れる行いを「順現業」といいます。


しばらくしないと結果とならない行いを「順次業」といいます。


だいぶ後になって現れる行いを「順後業」といいます。

先ほどの作物にたとえると、順現業はまいたらすぐに実りをつけるお米のタネです。

順次業は三年後に実をつける桃や栗のタネです。順後業は八年たたないと実をつけない柿のタネです。

お釈迦さまは早く実を結ぶ行いもあれば、遅く実を結ぶ行いもある。


まいたタネは必ず実を結ぶから、早い遅いは気にせずタネまきに


心がけなさいと教えて行かれました。



なかなか結果が出ないなと思う時は、定期預金をしていると思えば良いでしょう。


定期預金はすぐには解約できませんから、


手元にお金が戻ってくるのに多少時間がかかります。


しかし、その分多めに利子がついてお金が戻ってきますね。

タネをまいた後に、無理やり出てこい、出てこいと有害な化学肥料をまいて、


強引に発芽させようとしなくてもいいのです。無理やり出した結果は、長続きしないものです。

タネにも遅咲き、早咲きがあるように、あなたの行いにも早く咲くものもあれば、遅く咲くものもあります。
まいたタネは必ず生えるので、あせらず確実にタネをまいていきましょう。