うるせぇ!
どけよ!
山!

どけどけ!

だから…

今…動こうとしてたところだって…
どのみち
ビルでも同じ事だぞ。


うるせぇ!

どけよ!

山!


どけどけ!


海でも同じだってんだろ!

どけよ!山!


どけどけ! 



長男の嫁には
山と墓とお仏壇と
年中行事と
お父様とお母様と
それから…
えっと…
欲張りで意地汚いとされ…
品と学のないとされる…
御兄弟も
もれなく
一緒についてくるのよ。


上層   中層   下層
中層   下層   上層
下層   上層   中層

見た目では分からわないわよ。

一緒になる相手によるわけです。

先ずは1年
耐えることよ。

慣れてきたところで
一つずつ
順をおって
捨てていけばいいのよ。

みんなそうしてきたのよ。
それが街の成り立ちであり
紛れもなく歴史なのよ。


どうしたの?

クララ連れて来いよ!クララを!

クララ?

嗚呼!クララ連れて来いつってんだ!

わかった。連れてくる。


視聴数を稼ぐならこれが一番
手っ取り早いわけですよ。

マニュアルBOOKや
教本
教科書によく似てますね。

赤川次郎〜西村京太郎を学ぶ上での
教本というわけです。

私も彼らの小説を中学2年生の頃
読んでいました。

聞きながら
ふと…

この頃
自分は何をしていたのか
思い出そうとして
ペンとノートを取りに行ったり
冷蔵庫まで
飲み物を取りに行ったり
お菓子を取りに行ったり
タバコを吸いに行ったり
ベランダに
洗濯物を干しに行ったり
部屋の
掃除機をかけたり
電話を取ったり
買い物に行ったり
ご飯を作ったり 食べたり
食器を洗ったり
床を拭いたり
シャワーを浴びたり
風呂に浸かったり
ベッドで寝たり
別のYouTubeを見たり
あらゆることを検索してみたりして
本文から自らの行動により
阻害されるわけです。

結局最初から見る事になります。

そのまま流しで聞いていても
さっぱり
わからなくなるし
何処で見失ったのかすら
わからなくなるものです。

何度も見返すか
放置するはずです。
そんなものです。

子育てとも
よく似てますね。

管制塔の職員と
ほぼ誰もが
同じ状況というわけです。

それが
学習と記憶の相違点というものです。

つまり
個人の身勝手な行動そのものが
この事故の本質なわけです。
個人の身勝手を
全体で引き起こしたという
事故だというわけです。

その頃
互いが何をして過ごしていたのか
家族で集まって
確かめる事は
先ず不可能というわけです。

一方通行な
曖昧な記憶でしかないからです。

私はこの事故の前の年に
祖父母と家族で
空港に行きました。
祖父母が叔父と叔母の結婚式に
行くことになり
空港まで家族で
お見送りに行きました。

空港の中の店を回って搭乗時間
1時間前まで
歩き回りました。
お土産屋さんに売っていた
大きな鉛筆を私が
欲しがって
母親に買って
買って買ってっと
うるさく言ったのを
よく覚えてます。
勿論
小声でです。

小学3年生ですので
恥じらいはあります。

そして
搭乗時間が近づいた頃
大きな鉛筆を
祖母に買ってもらいました。
私がピンクの鉛筆で 
妹が黄色の鉛筆です。

妹はさほど欲しかった物ではなく
便乗して欲しがったものであり
平等に
祖母が買ってやったわけで
私ほど大事に扱いませんでしたし
半年もしないうちに
既に
粗末にしていました。

粗末にするんなら
私が貰うとも言いました。

話は戻りますが
1週間後にまた空港に行きました。
祖父母を迎えに行きました。
帰る途中市内の
バスターミナルの2階の
和食屋さんで
食事をする事になり
そこで
祖母から
京都のお土産をもらいました。

長男夫婦である
伯父と伯母と子供たちも
結婚式に
出席したのですが
私達は
お留守番チームでした。

祖父母は
年金生活なので当然です。
孫を全員連れて行くわけにもいきません。
結婚式の後は
二手に分かれたそうです。

伯父立場
ディズニーランドに行って
帰ってきたそうです。

祖父母ともう一人の叔母は
京都に寄って帰って来たというわけです。

幼稚園児の妹が
黄色い鉛筆を大事しなかった
理由もわかりますよね。

自分たちも
行けると思っていた
ディズニーランドに
行けなかったわけですからね。
悔しかったわけです。

しょうがないですよね。
祖父母は
年金生活なわけですし…
みんな
貧乏でしたし…

3年生の
三学期の修了式を終え
春休みに引っ越し
転校しました。

転校先で
4年生になりました。

んで
夏休みに
この事故がありました。

この事故の前後
どちらか忘れましたが
叔父と叔母が帰省しました。

早く来て
大丈夫でよかったね。

って言った記憶と
みんなが言ってた記憶は

ほんのりかすかにあります。

翌年だったかな?
叔母が
里帰り出産で帰省してた気がします。

叔母に聞かないと
わからないことですし

母親も祖母も
そんなことあった?
って言うと思うので

私が個人的に
思い出したところで

そんなもんです。

みんな話が食い違うのは
そういうことだと思います。

日々
そういう
記憶違いで
熱くなりすぎて
家族で喧嘩をする事も
しばしばありますよね。
どこの家族もね。

誰しもが
個人の記憶に
自信を持っていたいものです。

そういうことです。

私はざっくりとも言えますし
こと細かくも言えます。



那覇空港に売ってた
でっかいえんぴつには
沖縄地図の絵が描いてありました。
パステルカラーのピンクのやつを
買ってもらいました。

こういうの
我慢できないくらい
どうしても欲しい子だったのよ。
私…


祖母からのお土産

めちゃくちゃ嬉しくて
大事にしてたんだよ。


儚いのよ。
ランドセルに付けると
雨の日に
ボロボロになるのよ。

もっとピシッと
和紙が上手い具合いに貼られてて
丸かったよね。

昔の人の方が器用だったのかもね。


懐かしいね。


ハローキティーのやつは
また売ってませんでした。
和紙でできた手毬の根付を
もらいました。


フルーツとお花の飴も貰いました。