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今回、紹介する新西国三十三ヶ所観音霊場は、兵庫県加古川市にある「鶴林寺(かくりんじ)」です。「聖徳太子」が建立したと伝えられていて、数多くの有形文化財があることから別名「播磨の法隆寺」とも言われるお寺です。
新西国三十三ヶ所観音霊場、第27番札所「刀田山(とたさん) 鶴林寺」。創建は589年。開基は「聖徳太子」。宗派は「天台宗」。本尊は「薬師如来像」。新西国三十三ヶ所観音霊場の本尊は「聖観世音菩薩像」。
詠歌 「いにしへの 鶴の林に ちるはなの 匂をよする 高砂の風」
「鶴林寺」の創建の詳細ははっきり分かっていませんが、寺伝によると高句麗の僧「恵便(えべん)法師」が、排仏派の物部氏の迫害から逃れるために播磨の加古川の地に身を隠したことから始まります。
「聖徳太子」は都に戻らず隠棲生活を送っていた「恵便法師」を慕い、播磨の加古川の地へ訪れて、「木ノ丸殿」という庵を結んで「恵便法師」から仏教の教えを受けたと言われています。
589年、当時16歳であった「聖徳太子」は、この地に仏教を広めるため「秦河勝(はたのかわかつ)」に命じて精舎を建立させて、「刀田山 四天王寺聖霊院」と称したのが「鶴林寺」の起源と伝えられています。
「聖徳太子」が亡くなった後の718年に、武蔵の大目「身人部春則(むとべはるのり)」が、「聖徳太子」の遺徳を世間に広めるために七堂伽藍を建立し、「刀田山 四天王寺」と改称します。
852年、「慈覚大師円仁」が入唐の際に訪れて、「薬師如来像」を刻んで国家安泰を祈願され、この時に「天台宗」のお寺になったようです。
1112年、「鳥羽天皇」から勅額を賜って寺号を「鶴林寺」と改称し、勅願寺と定められます。
ちなみに「鶴林寺」の寺号の由来は、「釈迦」が入滅(釈迦涅槃)した時に、鶴の羽のように白く変わって枯れた「沙羅双樹の林」を意味しています。
鎌倉時代、室町時代になると「聖徳太子」の信仰が高まって、寺坊30以上を持つ大規模な寺院となります。
しかし、戦国時代以後は衰退の一途を辿りますが、「鶴林寺」には国宝に指定されている建築物が2つもあり、その他の有形文化財も数多く現存している大変貴重な寺院となっています。
「鶴林寺」の交通アクセスは、電車だと山陽電鉄の尾上の松駅から徒歩で約15分かかり、JR加古川駅からだとバスに乗車して、約8分でお寺の前まで来ることが出来ます。
車だと「仁王門」へ行く参道の側に、お寺の大きな無料駐車場があります。
「仁王門」は1672年に建立されたもので、兵庫県指定文化財に指定されています。
「仁王門」には「仁王像」が安置されています。
「仁王門」を抜けると、真正面に「本堂」があります。
「本堂」は1397年に再建されたもので大仏様、禅宗様、和様を取り入れた折衷様式の建築物で国宝に指定されています。
「本堂」には本尊として「薬師如来像」を祀り、脇侍として「日光菩薩像」、「月光菩薩像」、「持国天像」、「多聞天像」などが安置されています。
これらの仏像は重要文化財に指定されていて、本尊は秘仏で60年に1度しか開扉されないようです。
「本堂」の前方には、「菩提樹」と「沙羅樹(沙羅双樹)」が植えられています。
「釈迦」が35歳の時に「仏陀伽耶(ぶっだがや)」の菩提樹の下で悟りを開き、クシナガルにある「沙羅双樹」の間で入滅したので、この2つは「釈迦」に関わる非常に重要な植物です。
沙羅樹が2本植えられている(沙羅双樹)。6月初旬から7月初旬に開花。
「本堂」の右手前には、もう1つの国宝である「太子堂」があります。
「太子堂」は1112年に建立されたもので、兵庫県下最古の建築物で国宝に指定されています。
「太子堂」の本来の名称は「法華堂」で、「本堂」の左手前にある「常行堂」と対をなしているようで、この伽藍配置は「天台宗」特有のものだそうです。
「太子堂」は「聖徳太子」が創建した「聖霊院」の後身なので、「太子堂」と呼ぶようになったようです。
「太子堂」の本尊は重要文化財に指定されている「釈迦三尊像(釈迦如来像、文殊菩薩像、普賢菩薩像)」ですが、現在は「宝物館」の方に安置されています。
太子堂(法華堂)。国宝。
「太子堂」と対をなす「常行堂」も同時期に建立されたもので、「太子堂」と同じように屋根は檜皮葺(ひわだぶき)でしたが、1566年に瓦屋根に葺き変えられたそうです。
「常行堂」は重要文化財に指定されています。
「常行堂」の周辺には「新薬師堂」、「講堂」、「三重塔」、「行者堂」、「経蔵」があります。
「新薬師堂」は江戸時代中期に建立されたもので、「本堂」の本尊「薬師如来像」が秘仏の為、拝観出来ない参拝者の為に常時、拝観出来るように建立したと言われています。
「新薬師堂」にも「本堂」と同じく「薬師三尊像(薬師如来像、日光菩薩像、月光菩薩像)」が祀られていて、脇侍として「十二神将像」が安置されています。
「新薬師堂」の「十二神将像」の「摩虎羅(まこら)大将像」ですが、過去に「トレビアの泉」という番組で、ウインクしている仏像があると紹介されたそうです。
「摩虎羅大将像」ですが元々、弓矢の矢を持っていたそうで、矢が真っ直ぐなっているかどうか、片目をつぶって確かめている姿なんだそうです。へえ~。
「三重塔」は室町時代に建立されたものですが、江戸時代に大修理が行われて、1976年には放火で内部が一部焼失しますが、1980年に解体復元修理で元の形に戻ったようです。
「行者堂」は1406年に建立された建築物で、重要文化財に指定されています。
昔は「鶴林寺」の鎮守である「山王権現」を祀っていましたが、現在は修験道の開祖「役小角(えんのおずぬ)」を祀っているようです。
経蔵の側の広場には西国三十三ヶ所観音霊場の本尊の石仏が安置されています。
第1番札所青岸渡寺の本尊、如意輪観世音菩薩像の石仏。風化が激しいです。
「太子堂」の周辺には「鐘楼」、「観音堂」、「護摩堂」、「宝物館」があります。
「鐘楼」は1407年に建立された建築物で、重要文化財に指定されていています。
「鐘楼」の中に吊るされている「梵鐘」は、朝鮮の高麗期に鋳造されたもので重要文化財に指定されています。
「観音堂」は1705年、姫路城主「榊原政邦」の寄進により再建された建築物で、新西国三十三ヶ所観音霊場の本尊「聖観世音菩薩像」を祀っています。
昔は本尊として白鳳時代作で重要文化財に指定されている、金銅製「聖観世音菩薩像」を祀っていましたが、明治時代の神仏分離令以降は、「鶴林寺」から少し離れた「浜の宮神社」の本地仏である「聖観世音菩薩像」を祀っているそうです。
白鳳時代作の金銅製「聖観世音菩薩像」は、別名「あいたた観音」と呼ばれています。
この仏像は過去に泥棒によって盗難の被害に遭い、泥棒が金箔を溶かして取ろうとしたところ金箔はなかなか取れなくて、それに腹をたてた泥棒は金槌で叩いたところ「あいたた」と声を出したそうで、この声を聞いた泥棒はお寺に返却し改心したという逸話が残っていて、このことで「あいたた観音」と呼ばれるようになったそうです。
白鳳時代作の金銅製「聖観世音菩薩像」は現在、「宝物館」に安置されています。
「護摩堂」は1563年に建立されたもので、重要文化財に指定されています。
宝物館。別料金。寺宝が多く展示されているので是非、拝観して欲しいです。
「本堂」の後方には「鶴林寺」の塔頭である「浄心院」、「宝生院」、「真光院」があります。
「浄心院」は「聖徳太子」が「恵便法師」に仏教の教えを受けるために、「木ノ丸殿」という庵を結んだ場所で、「浄心院」の南側の塀には「木ノ丸殿」の門跡の「不開の門跡」があります。
「鶴林寺」のその他の史跡などを少し紹介しておきます。
最後に「鶴林寺」の境内の右手一帯は「鶴林寺公園」となっていて、子供たちの憩いの場所となっています。