今回、紹介するお寺は奈良県桜井市にある「聖林寺(しょうりんじ)」です。本尊の「子安延命地蔵菩薩像」が子授け、安産祈願として有名で、また国宝の「十一面観世音菩薩像」が祀られているお寺としても有名です。
「霊園山(りょうおんざん) 聖林寺」。創建は712年。開基は「定慧(じょうえ)」。宗派は「真言宗室生寺派」。本尊は「子安延命地蔵菩薩像」。
「聖林寺」の創建から近世までの詳細ははっきり分かっていませんが、寺伝によると712年、「藤原鎌足」の長男「定慧」が、多武峯(とうのみね)の「妙楽寺 (後の談山神社 祭神は藤原鎌足)」の別院として創建したと伝えられています。
平安時代になると「妙楽寺」が「延暦寺」の末寺であったために、同じ藤原氏の氏寺で宗派が違う「興福寺」と度々争って、「妙楽寺」と共に焼失したと言われています。
鎌倉時代になって再興された際に「聖林寺」の寺号を称したと伝えられ、現在の「聖林寺」の寺観は江戸期に再興されたものだそうです。
「聖林寺」の交通アクセスは電車だと、JR、近鉄電車の桜井駅からバスでお寺の側まで行くことが出来ます。
車だと「山門」側に小さいながら、有料駐車場があります。
県道37号線の横を流れる寺川の橋を渡り、道なりに進むと駐車場にたどり着きます。
民家が並ぶ細い参道に、寺名や本尊などを知らせる石碑が建っています。
「聖林寺」は石垣の上に建っていて、境内の広さは非常に狭いほうです。
境内が狭いだけあって、「山門」は狭さにあった小さな門となっています。
大界外相の石碑。聖域と俗界の結界を示している。
「山門」を抜けると目の前に「本堂」が建っています。
「本堂」には本尊として子授け、安産に霊験あらたかな「子安延命地蔵菩薩像」が祀られています。
本尊は江戸時代の元禄期(1688~1704年)に、「文春締玄」によって造像された丈六(3m弱)で色彩されている「地蔵菩薩石仏」です。
子授け、安産祈願として有名なのは、「文春締玄」の姉が出産で苦労したそうで、女性たちの安産を願い、諸国を行脚して浄財を募り造像したからだそうです。
本堂手前。 色彩されたちょっとカラフルで大きな地蔵菩薩石像です。
「聖林寺」が非常に有名なのは「本尊」ではなくて、国宝に指定されている奈良時代後期作の「十一面観世音菩薩像」が祀られているからです。
この「十一面観世音菩薩像」は「聖林寺」に祀られていたものではなく、「大神神社(三輪神社)」の神宮寺であった「大御輪寺(おおみわでら)」の本尊で、明治時代の神仏分離令による廃仏毀釈の難を逃れて移ってきた仏像だそうです。
明治時代に来日したアメリカ人の哲学者「フェノロサ」が、この「十一面観世音菩薩像」を拝観して、大いに感動して褒めたたえたそうです。
「十一面観世音菩薩像」は「本堂」ではなく、「本堂」の左手の高台にある「観音堂(大悲殿)」に祀られています。
観音堂(大悲殿)。国宝の十一面観世音菩薩像が祀られています。
「聖林寺」のその他の名所などを紹介しておきます。
最後に「聖林寺」の「山門」前の横からは三輪山や、「卑弥呼」の墓と言われている「箸墓(はしはか)古墳」が眺めることが出来ます。







































































