今回、紹介する西国三十三ヶ所観音霊場は、京都府亀岡市にある「穴太寺(あなおじ)」です。本尊が「身代り観音」として知られているお寺です。
西国三十三ヶ所観音霊場、第21番札所「菩提山 穴太寺」。創建は705年。開基は「大伴古麻呂(おおとものこまろ)」。宗派は「天台宗」。本尊は「薬師如来像」。西国観音霊場の本尊は「聖観世音菩薩像」。
詠歌 「かかる世に 生まれあう身の あな憂やと 思わで頼め 十声(とこえ)一声」
「穴太寺」は寺伝によると705年、「文武天皇」の勅願により「大伴古麻呂」が「薬師如来像」を本尊として開いたとされています。
西国観音霊場の本尊「聖観世音菩薩像」は寺伝による962年、丹波国曽我部郷の郡司「宇治成宮」が自らの屋敷へ祀るために、都の仏師「感世(かんせい)」を招いて造立させたものと伝えています。
「宇治成宮」は「感世」に造立の褒美として、大切にしていた愛馬を与えました。
「感世」が愛馬を連れて都へ帰ろうとすると「宇治成宮」は与えた愛馬が惜しくなり、都へ帰る道中に「感世」を待ち伏せして、弓矢で射殺して愛馬を奪い返してしまいます。
「宇治成宮」が愛馬を奪え返して自宅へ戻ると、祀っていた「聖観世音菩薩像」の胸に矢が刺さって血が流れ出し、目からは赤い涙を流がしていて連れ戻した愛馬もいつの間にか消えていました。
翌日、「宇治成宮」は「感世」の生存を確認させるために都へ使者を送ると、「感世」は愛馬と共に無事に帰宅していました。
「宇治成宮」は「聖観世音菩薩像」が「感世」の身代りとなって命を守ると共に、自分が罪人になることを避けてくれたと感謝して、自分の行った行為を深く悔やみ改心して仏道を信じるようになりました。
ある夜、「宇治成宮」の夢枕に「聖観世音菩薩像」が立ち、胸の傷を癒したいので「穴太寺」の「薬師如来像」の元へ連れていって欲しいと告げました。
「宇治成宮」は夢告どおりに「聖観世音菩薩像」を、「穴太寺」の本尊「薬師如来像」の脇へ安置したと伝えられています。
「穴太寺」は応仁・文明の乱や戦国時代の戦乱の兵火で焼失し、江戸時代の17世紀中期に再建されたものが現在の寺観のようです。
「穴太寺」の交通アクセスは電車だと、JR嵯峨野線の亀岡駅から京都京阪バスで「仁王門」側まで行くことが出来ます。
車では民間の大きな有料駐車場が「仁王門」の側にあります。
「仁王門」は江戸時代の17世紀中期に再建されたものです。
「仁王門」には「仁王像」が安置されています。
「仁王門」の他に「北門」、「東門」からも境内に入ることは可能です。
「穴太寺」の境内は狭い方で「仁王門」を抜けるとすぐに「本堂」があり、左手には「鎮守堂」、「多宝塔」、右手には「鐘楼」、「手水舎」があります。
「鎮守堂」には「菅原道真」を祭神とした「天満宮」と、「稲荷明神」が祀られています。
「多宝塔」は1804年に再建されたもので、「釈迦如来像」、「多宝如来像」を安置しています。
「本堂」は1735年に再建されたものです。
「本堂」には3つの厨子があり、中央に本尊で秘仏の「薬師如来像」、左に西国観音霊場の本尊で秘仏の「聖観世音菩薩像」、右にお前立ちの「聖観世音菩薩像」が祀られています。
「薬師如来像」は絶対秘仏で、1度も開扉されたことがないそうです。
「感世」が刻み胸に矢が刺さったような傷跡が残っていた秘仏の「聖観世音菩薩像」は、1968年に盗難の被害に遭い未だ戻っていないようで、現在は胸の傷跡と同じ姿を模刻した「聖観世音菩薩像」が祀られていて、「感世」が刻んだ「聖観世音菩薩像」と同じく33年ごとに開扉されるようです。
この「聖観世音菩薩像」は「感世」の命を救ったことから、「身代り観音」と呼ばれています。
「本堂」内には「穴太寺」で有名な「釈迦如来大涅槃像」が安置されています。
「釈迦如来大涅槃像」は鎌倉時代作のもので1896年、当時の住職と孫娘の病気平癒の為に参詣されていた信者の方の霊夢により、本堂の屋根裏から発見されたそうで、「本堂」に祀ると病気が平癒されたと伝わっています。
それ以来、この「釈迦如来大涅槃像」は病を取り除く仏様として知られるようになり、自分の体の悪い同じ場所を撫でると平癒する霊験があると言われ、「なで仏」として信仰されているようです。
釈迦如来大涅槃像。パンフより。普段は布団の中に横たわっています。
その他の堂宇や史跡などを紹介します。
「本堂」の左手に「円応院」があります。
「円応院」は「本堂」内陣と「円応院」内にある「穴太寺庭園」を、拝観するための受付となっていて「本堂」と廊下で繋がっています。
「円応院」内の「穴太寺庭園」は、「本堂」内陣と拝観料金は別となっています。
「穴太寺庭園」は江戸時代中期の庭園で、京都府指定名勝となっています。
「円応院」の左手には「三十三所観音堂」、「納札所」があります。
「三十三所観音堂」は西国三十三ヶ所観音霊場の砂が納められていて、お参りすることで全ての西国観音霊場を巡礼したことと同じ功徳があると言われています。
「納札所」には多くの参拝者の納札が打ち付けられています。
「本堂」の右手には「納経所」、「念仏堂」、「地蔵堂」があります。
「念仏堂」は1705年に建立されたもので、「阿弥陀如来像」が祀られています。
「地蔵堂」の左手には「地蔵池」があります。
最後に「地蔵堂」の右手に「宇治成宮の墓」があります。




































