今回、紹介するお寺は大阪府堺市南区にある「法道寺」です。インドの天竺から紫雲に乗って日本へ渡来したと言われる、伝説の人物「法道仙人」が開いたお寺です。
「鉢峯山(はちがみねさん) 法道寺(鉢ヶ峰寺)」。創建は7世紀中頃。開基は「法道仙人」。宗派は「高野山真言宗」。本尊は「薬師如来像」。
「法道寺」は兵庫県の播磨国一帯の山岳で多くの寺院を開いた、紫雲に乗って日本に渡来したと伝えられているインドの天竺の僧、「法道仙人」によって開いたと伝えられています。
「法道仙人」は「千手飛鉢の法」という鉄鉢を飛ばして、米やお金のお布施を得て多くの貧しい庶民を救ったと伝えられていて、別名「空鉢仙人」とも言われています。
「法道寺」の山号である「鉢峯山」の由来は、「法道仙人」がこの辺りの山へ鉄鉢を埋めたことから名付けられたと伝えられています。
時の天皇「天智天皇」が「法道仙人」の事を噂に聞き、勅願寺として大伽藍が整えられ当初、「鉢ヶ峰山 閑谷院長福寺」と称していました。
平安時代になると「弘法大師空海」、「伝教大師最澄」、「慈覚大師円仁」などの名僧が参籠し、「嵯峨天皇」が高野山へ行幸の際に立ち寄ったと言われています。
南北朝時代には南朝の「後村上天皇」が「天野山 金剛寺」より、度々参拝されたそうです。
戦国時代になると兵火により焼失したことをきっかけに衰退してしまい、江戸幕末期には僅か7坊となってしまいます。
寺号ですが江戸時代に徳川8代将軍「徳川吉宗」が1716年、嫡男(後の9代将軍家重)に「長福丸」と名付けたので、開基の「法道仙人」の名を取って「法道寺」と改称したそうです。
現在の「法道寺」の寺観は小さな境内に僅かな堂宇しかありませんが、鎌倉時代後期の建築物である「食堂」や、南北朝時代中期の建築物である「多宝塔」が現存する貴重なお寺となっています。
「法道寺」へのアクセスは電車では泉北高速鉄道、泉ケ丘駅から南海バスで境内側まで行くことが出来ます。
車では境内周辺に無料駐車場があります。
バス通りから少し高台に「仁王門(中門)」が建っています。
「仁王門(中門)」には「仁王像」が安置されています。1283年作と非常に古いものですが、堺市指定の有形文化財となっています。
「仁王門(中門)」の裏側には「二天像」が安置されているのですが、扉がされており隙間からしか見ることが出来ません。
「仁王門(中門)」の他に「南門」から境内に入ることが出来ます。
「仁王門(中門)」を抜けると正面に本堂である「金堂」があり、右手には「手水舎」があります。
「金堂」は江戸時代に再建されたものですが、近年に修理が行われて非常に新しく感じます。
「金堂」には本尊として「慈覚大師円仁」作の「薬師如来像」を祀っているようです。
「金堂」の左手には「多宝塔」、「食堂」があります。
「多宝塔」は南北朝時代中期の建築物で、重要文化財に指定されています。
「食堂」は鎌倉時代後期の建築物で、重要文化財に指定されています。
「金堂」の右前方には江戸期に建立された「大師堂」があります。
「大師堂」の周りは石板で囲まれていて、四国八十八ヶ所霊場お砂踏み場となっています。
「金堂」の右手には堺市指定保存樹木のイヌマキの木があります。
イヌマキの側には石仏や石塔などが安置されています。
最後に「金堂」がある境内には「納経所」などはなく、「南門」から道を隔てて自宅兼「寺務所」があり、ここで御朱印を頂くことが出来ます。

























