今回、紹介する新西国三十三ヶ所観音霊場は大阪府高槻市にある「安岡寺(あんこうじ)」です。「高槻観音」として名は知られています。
新西国三十三ヶ所観音霊場、客番札所「南山 般若院 安岡寺」。創建は775年。開基は「開成(かいじょう)皇子」。宗派は「天台宗単立系」。本尊は「如意輪観世音菩薩像」。
詠歌 「如意の輪は 願ひのままに めぐりきて 身を安岡の 寺におかばや」
「安岡寺」の始まりは寺伝によると、「桓武天皇」の兄で、「光仁天皇」の子「開成皇子」が、この地に霊験を感得し自ら一刀三礼して本尊を刻み、堂宇を建立し祀ったと伝えられています。
室町時代に天災で焼失し再興しますが、戦国時代にキリシタン大名「高山右近」の兵火により再び焼失し荒廃してしまいます。
江戸時代初期に再び再興し、4塔頭を持つ大きな寺院にまで繁栄しますが、明治時代の「廃仏毀釈」により荒廃したものが、現在の「安岡寺」の寺観となっているようです。
「安岡寺」は住宅街が広がるベッドタウンの高台にあって、車で「西山門」側まで行くことが出来ます。
車のナビゲーションに従って行くと、「安岡寺」の裏手の住宅街へ案内するので迷います。
府道6号線を北上する際に、細い道を右折して急勾配な坂道を上がって行きます。
細道には看板がありますが、よく見ていないと見逃してしまいます。
西山門。門柱が建っているだけの門です。
車が右折する手前の大きな交差点を右折し、細道に入り進んでいく道が表参道で、案内石碑があり進んでいくと「総門」へ辿り着きます。
案内の石碑があります。
寺名を知らせる石碑と、こちらも西山門と同じく門柱が建っています。
総門風景。
詠歌の石碑が。
総門。
阿形。
吽形。
「総門」側は高台の下なので、「本堂」へ行くには石段で上がって行かなければいけません。
坂を上がって行くと本堂正面に着きます。
本堂。
「本堂」には秘仏である「開成皇子」が刻んだとされる、「如意輪観座音菩薩像」を安置し、脇侍として左に鎌倉期作の「愛染明王像」、右に「弘法大師空海」作と伝えられている「不動明王像」が安置されている。本尊は絶対秘仏ではないようですが開扉は不定らしいです。
本堂手前。
「本堂」付近には「青梅観音堂」、「鐘楼」、「手水舎」があります。
「青梅観音堂」には「青梅観音」の名称で親しまれている、「十一面千手観世音菩薩像」が祀られています。
この観音様は高槻真上村の「安正寺(青梅寺)」の本尊だったそうで、「廃仏毀釈」で廃寺になってしまい「安岡寺」へ移されたようです。
「十一面千手観音」は立像が多い中で、「青梅観音」は大きな坐像で平安時代初期のものと言われ、国の重要文化財に指定されています。
毎週日曜日と祝祭日に開扉されるようです。
青梅観音堂の扁額。
「青梅観音堂」の前には「鐘楼」があります。
鐘楼。
梵鐘。
手水舎。
「青梅観音堂」の上には「叶観音堂(阿弥陀堂)」、「開山堂」があります。
開山堂。詳細分からず。開成皇子を祀っていると思われます。
「叶観音堂」はかつて「阿弥陀堂」と呼ばれていて、今現在は金銅の「聖観世音菩薩像」が祀られています。
大阪の篤志家の「栗田金太郎」氏が奉納されたそうで、人々の願いを叶えてくれるご利益があることから、「叶観音さん」として親しまれているそうです。
叶観音堂。
「本堂」の右側には広場があって、「弘紹不動明王」が祀られています。
弘紹とは人々に広く功徳を紹めさせるということから付けられている。
上から水が落ちてきています。脇侍として矜羯羅童子、制多迦童子が。
毎年、2月1日の節分祭で「大護摩供」が行われ、行者や参拝者などが焼けた丸太の上を素足で火渡りをするそうです。
「安岡寺」の史跡などを紹介します。
鎮守社。
観音御霊水。開成皇子が安岡寺を建立した際に湧きだした霊水。
開成皇子を祀る石碑かな?
隣には文字がたくさん刻まれた石碑が。
最後に「本堂」の裏手にある山の上に「般若塚」があります。
「開成皇子」が大般若経600巻を一石に一字を書写し安置した塚であり、「安岡寺」の「般若院」という院号は、この「般若塚」からきているようです。
安岡寺の御朱印。



