新西国三十三ヶ所観音霊場 太融寺 | まっちゃんの人生おもしろおかしく生きていきたい

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今回、紹介する新西国三十三ヶ所観音霊場は大阪市北区にある第2番札所「太融寺(たいゆうじ)」です。


新西国三十三ヶ所観音霊場、第2番札所「佳木山(かぼくざん) 宝樹院太融寺」。創建は821年。開基は「弘法大師空海」。宗派は「高野山真言宗」。本尊は「千手千眼観世音菩薩像」。


詠歌 「逢ひがたき 法の佳木を 得たる身は 苦しき海に などか沈まむ」


「太融寺」は821年、「嵯峨天皇」の勅願により「弘法大師空海」が創建されたと言われています。


本尊の「千手千眼観世音菩薩像」は、「嵯峨天皇」の念持仏だと伝えられています。


その後、「嵯峨天皇」の皇子で河原左大臣「源融(みなもとのとおる)」が、この地に八町四面を画して七堂伽藍を建立し、大寺院に発展して大いに栄えたそうです。


「太融寺」の寺名は、「源融」の名から付けられたと言われています。


1615年、大阪夏の陣の兵火で全焼し復興しますが、1945年の大阪大空襲により再び全焼してしまいます。


「太融寺」の現在の寺観は過去に繁栄した面影はなく、戦後に僅かな堂宇が復興されたものとなっています。


「太融寺」の交通アクセスは電車だとJR、地下鉄、阪急、阪神電鉄の梅田周辺の各駅から、徒歩でさほど変わらない場所にあります。


車では駐車場がありませんので、周辺のパーキングや有料駐車場を利用するしかありません。


「太融寺」は大阪で「キタ」と呼ばれる繁華街にあります。



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扇町通沿いに石碑が建っている。



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多くの霊場に指定されている太融寺。



「太融寺」の入り口は東西南北にそれぞれ門があります。



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南門。本堂の正面にある。



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西門。最も山門らしいです。



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源融公之旧跡と刻まれた石碑がある。



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西国観音霊場、青岸渡寺のご詠歌の石碑も。



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北門。



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東門。



「太融寺」の境内はキタの繁華街にあるだけあって、広いものではありません。


「本堂」ですが1960年に再建されたものです。



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本堂。



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別アングルから。



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本堂手前。



本尊は「嵯峨天皇」の念持仏と伝えられる、「千手千眼観世音菩薩像」を祀っています。2度の全焼にも難を逃れたと言われています。


平安時代作のものと言われ秘仏で拝観することが出来ませんが、お前立ちの「千手千眼観世音菩薩像」を拝観することが出来ます。


脇侍として「地蔵菩薩像」と「毘沙門天像」を安置しているようです。



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本堂内。



「本堂」の右手には「客殿」があり「大師堂」、「護摩堂」、「一願堂」、「宝塔」が連結した変わった堂宇があります。



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客殿。



「大師堂」は「弘法大師空海像」を祀っています。



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大師堂。



「護摩堂」は「不動明王像」を祀り、脇侍として「不動明王」の従者である八代童子の第7番目「矜迦羅童子(こんがらどうじ)像」、第8番目「制咤迦童子(せいたかどうじ)像」の二童子を安置しています。



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護魔堂。



「一願堂」も「護摩堂」と同じく本尊に石仏の「不動明王像」を祀り、脇侍に石仏の「矜迦羅童子(こんがらどうじ)像」、「制咤迦童子(せいたかどうじ)像」の二童子を安置しています。


「一願堂」は日光が届かなくて非常にうす暗く、多くの提灯で僅かに明るくなっている程度です。



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一願堂。



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石仏である不動明王像、脇侍の矜迦羅童子像と制咤迦童子像。



この石仏は戦後の1954年に再刻された石仏で、戦前の「不動明王像」は奥にある、「奥之院」という小さな滝がある場所の洞窟内に祀られています。



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一願堂奥之院。人工的に滝を作っているんでしょうかね?


「一願不動明王像」は1つだけ願い事を一心に祈願すれば、必ず叶えてくれると言われていて、この「一願不動明王像」の霊験により、願いが叶った人は多く、たくさんの参拝者が訪れるそうです。



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滝の後ろの小さな洞窟内に安置されている。



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奥之院の側には榎木稲荷という小さな稲荷社があります。



「一願堂」の上に「宝塔」が建っていて、「大日如来像」を安置しています。



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宝塔。どこから入るんだろうか・・・。



「一願堂」の前に「納経所」があります。



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納経所。御朱印はここで頂く。



「納経所」の側には「厄除弘法大師像」があります。



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厄除弘法大師像。



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下には四国が刻まれている石板がある。



「西門」から入ってすぐ左隅に、「豊臣秀吉」の側室「淀殿」のお墓があります。


「淀殿」は大阪夏の陣で敗れ、「豊臣秀吉」との子「豊臣秀頼」と共に自刀し、お墓は大阪城公園内にありましたが、1877年に「太融寺」に移されたそうです。


最初は九輪塔だったようで、大阪大空襲の際に破損し六輪塔になったそうです。



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淀殿の墓。



「淀殿の墓」の周辺には「鐘楼」、「白龍明神社」、「水子地蔵尊」、「千成地蔵尊」などがあります。



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鐘楼。



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梵鐘。1675年鋳造のもの。



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白龍明神社。



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水子地蔵尊。



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千成地蔵尊。



「太融寺」は「ぼけ封じ近畿十楽観音霊場」の第7番に指定されていて、「西門」から入って左手前に「ぼけ封じ観音像」が安置されています。



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ぼけ封じ観音像。全国的なぼけ封じ三十三観音にも入っているようです。



「西門」から入って正面に「芭蕉句碑」があります。


1694年9月29日、大阪の女流門弟の「斯波園女(しばそのめ)」に招待され、北浜にある「園女亭」で歌仙を招いた時の作で


「しら菊の 目に立て見る 塵もなし」


亭主の「斯波園女」を美しく清楚な白菊の花にたとえ、あえてあら探しはしないことにしようと、冗談を交えて挨拶とした句だそうです。


この時、「松尾芭蕉」は病気にかかっていたようで、病気をおしてまで大阪に訪れて、この句会を最後に亡くなったそうです。



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芭蕉句碑。


「南門」から入って左手には「本坊」があり、「本坊」の正面は「九山八海庭」という庭園になっています。



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本坊。近代的な建物です。様々な行事が行われる。



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九山八海庭。



「本堂」の右手に「マニ車(経車)」があります。


おおさか十三仏霊場に指定されている寺院(太融寺は第8番)が、ネパールへ学校建設の援助を行ったお礼として、おおさか十三仏霊場に指定されている全ての寺院に「マニ車(経車)」が贈られたそうです。


「マニ車(経車)」の中にはお経が収められていて、手で回したらお経を唱えたことと同じ功徳があると言われています。



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マニ車(経車)。



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中にお経が入っていて回転する。



最後に「太融寺」は「国会期成同盟」の発祥の地と言われています。


1878年、土佐藩出身の「板垣退助」をはじめとする、全国の有志が大阪に集って「愛国社」を再興し、1880年3月17日に「太融寺」にて第4回愛国社大会が開かれて、国会開設を求める「国会期成同盟(後の自由党)」が結成され、国会開設の請願書の提出と国民的運動の方向が決定し、日本で初めて自由民権運動が大阪から始まり、全国的に拡大していったそうです。



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国会期成同盟発祥之地の記念碑。


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太融寺の御朱印。