急に秋が戻ってきたような雰囲気を感じる。

寒くなって、秋を超えて冬が急にきたと思ったら、暖かくなって

秋の温度や空気を感じる。

紅葉もせっかく赤くなった葉が落ちようとしていたのに、「え?秋〜??」なんて

驚いていれば面白いと思う。

人間とは異なる犬や猫といった動物や昆虫に心があるように

植物にも心があるという話を聞いた事があるが、

ディズニーのアリスに出てくる花のように歌ったり、意地悪をしたり

それこそ人間みたいな世界がそこにあったら面白いと思うんだけど、頭お花畑すぎ?

 

何かを表現したい、何かを作りたいという創作意欲が最近ふつふつと湧き上がっている気がする。

だからと言って何かをするわけではないんだが、何かしたい、って感じ。

その為に機材等も整えたいんだけどそもそも、カメラを買うときや

機材を整えるときに「何を表現したいのか」を毎回考えるようにしている。

正直物を揃えようと、本人の目的が明確でないと形にならない。

友人がカメラが欲しいと話をしたときに「なぜ?」と聞くと

「iPhoneの容量がいっぱいになってきたから」と返ってきたので

取り敢えず、USBやSSDを購入して整理から始めることをお勧めした。

彼女は私より先にカメラを購入していたんだが、いつの間にかカメラを使わなくなり

「なぜ」と聞くと「充電ケーブルがなくなった」という。

つまり究極の飽き性だ。私も飽き性だから何とも言えないけれど、そういう人は多い世の中だと思うし

私は彼女を責めはしない(別の案を提案するか、そのまま聞き流す程度)

会社の先輩もハマったらとことん物を集めたり、お金を使ったりするけれど

飽きると全く触れる事がなくなり、売ったりしている。(Instagramでわかる)

これらの現象は悪い事だと思わないし、趣味に対しての向き合い方は人それぞれだから何も言わないけれど

その一瞬の「これがしたい!」という意欲には冷静に対応するようにしている。

「これが欲しい!」⇨「何で?」⇨「こうしたいから」⇨「これでもできるんじゃない?」なんて感じで。

そうすることで、自分の中で生まれた意欲がその場限りではなくて持続できるようになる。

地に足をつけるような感覚かな。

最近私は友人のウェディングフォトを頼まれていて、その為に持っていない35mmの単焦点レンズが欲しい。

より人を対象に取ることを目的として、でもしっかり私の好きなボケを表現したい為だ。

じゃあ、それに見合った機材は何を手に入れればいいだろう、なんて風にずっと考える。

しっかり考えて手に入れた物はとても尊い。

大事にメンテナンスをする。

自分の「これがしたい!」という思いにもしっかり目を向けて真摯に対応する。

自身のメンタルやモチベーションのメンテナンスも大事にすることに繋がるような気がする。