前回のブログで
義父の事を少し書いた

その翌18日のことだった

午前6時20分頃

家の電話が鳴った


普段なら
電話などかかって来るはずのない時間帯

嫌な予感しかなかった


電話をとった主人が
神妙な顔で会話をしている

電話の相手は主人の母で

入院していた義父の容態が急変し
ご家族に知らせた方がよいと
病院から連絡を受けたという事だった

電話を切った後
取るものも取り敢えず
主人がひと足先に水戸へ向かい

私と娘は
千葉に住む息子の帰りを待ち
翌19日
息子の車で帰る事になった

息子の帰りを待ちながら

お義父さん
私達が着くまで待っててね と
何度も祈った

けれど
願いは届かなかった

22時12分
意識がないまま
最期は眠るように息を引きとったと
主人から連絡が入った



享年89歳

気難しい所はあったけれど
私には優しいお義父さんだった
会いに行くと
よっ✋と手をあげる仕草が
忘れられない


義母は
根っからの自由人だ
そんな義母に
いつも義父は振り回されていた


義母の耳は
右は全く聞こえず

もう片方の耳の聞こえは
補聴器をつけて何とか聞こえるくらい

だから

大きな声でゆっくり話かけ
きちんと伝わるまで
何度も繰り返さねばならない

そんな義母の事を
義父はいつも気に掛けていた



お義父さん
お義母さんをひとり残して旅立つ事
さぞかし心配だった事でしょう
でも
心配しないでね

お義母さんの事は
私達がしっかりサポートするからね

お義父さん

今まで色々大変だったんだから

どうかゆっくり
休んでくださいね


あじさいあじさい あじさいあじさい あじさいあじさい あじさいあじさい あじさいあじさい


告別式は
24日月曜日と決まり

19日に帰省してから
25日までの1週間
主人と私は実家に滞在することになった


告別式の日に開いた 実家の庭の蓮の花


息子と娘は
仕事を続けて休めないため

一旦自宅へ戻り
告別式の前日に再び来る事になった


我が家の猫たちは
自宅へ戻った娘がお世話をするので
心配はない

しかし
せっかく慣れてきたサスケちんをはじめ
玄関先にご飯を食べに来ている猫たちの

お世話をどうしたらいいのか

朝は
出勤前( 7:00頃 )に娘がご飯を置けば良い

問題は夕方のご飯だ


娘の帰宅時間は
いつも21時頃になる

その時間では

ちゅーるのおかわりをするサスケちん


必ず18時頃に来るサスケちんは

ご飯がないガーンガーンガーン

って事になってしまうえーん


喪服や着替えなど用意しながら

外の猫たちのご飯の事を
ずっと考えていた


ご近所の
まるちゃんのおばあさんに
お願いする事も考えた

きっと
快く引き受けてくださるに違いない

けれど
まるちゃんのおばあさんは
ご自宅のお庭と近くの公園にも
ご飯をあげに行かれている

お願いすれば
いくら近所とはいえ
更なるご負担を
お掛けする事になってしまうショボーン


そんな事を迷っているうちに
お電話をするには
ご迷惑な時間になってしまった

外のご飯は朝1回だけ

そうするしかないか…と
一度は思ってみたものの

サスケちんは
朝は来ないのだ

夕方6時に来てご飯がないとなれば
もう
来てくれなくなってしまうかもしれないえーん

やっぱり
まるちゃんのおばあさんに
お願いするしかない!

それから
便箋4枚に渡り
おばあさんにお手紙を書き

19日早朝
お手紙を添えたパウチ10個を
おばあさん宅の
ポストの上に置かせていただき

6時ちょうどに
義父の待つ実家へと出発した


実家に到着して
義父と対面し

話したい事が
たくさんあったのであろう義母の話を
時間の許す限り聞いた後

弔問に来られた方々の対応の合間に

まるちゃんのおばあさんに
お電話をかけた

お手紙でのお願いになってしまった事を
お詫びすると

何も心配はいらないからと
優しいお言葉をいただいた

おばあさんのおかげで
水戸にいる間の1週間

サスケちん達のご飯の心配をせずに
過ごす事が出来ました

本当に本当にありがたく
感謝をしています


ただひとつの心配事は

サスケちんが
私を忘れてしまわないか

それだけでした


こちらへ戻ってからの
サスケちん達の様子は
 

ビーグル犬しっぽ また改めて 猫あたま