真実は複数あるが、事実は1つしかない | 思ったことを思ったままに

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日々思ったことを思いつくままに書いてみようと思います。

安いんだなあ、名誉の値段。
朝日新聞に賠償命令 大阪地裁「記事の一部、真実ではない」
…裁判長は、記事の一部が真実ではなかったとして朝日新聞社に22万円の賠償を命じた。

と思いながら記事を読み、この文脈で真実なんて変な言い方だなあ、なんてことをこの記事のタイトルをもう一度見て思いました。

事実は1つ。
真実はそれを解釈する人の数だけある。

だから、この場合は「事実」が適切な言葉であって「真実」と書いたら何がホントかわかりゃしないじゃん、と。

なんとなく気になったのでついでにぐぐってみると、
真実 - Wikipediaより
科学関係の真実とは、ほとんど客観性のことである。人によらずに、客観的現象を客観的に測定することで、事物自体を試されることが多い。

文学分野の真実は、理性的な事実や他人による視点と、本人の心との葛藤で使われることも多い。この場合、「真実を決められるのは私の意思によるしかない」などという問題も発生する。
社会関係で真実とは、そのときどき、とくに立場で用法自体が異なることも多い。

「科学的な真実」なんて書くと、胡散臭いというか非科学的というかそんな印象を持ってたんですが、科学でも「真実」って言葉使うんだ…やっぱり違和感抜けないけどまあ言葉は変化するもんですからねー。