忘備録として、12月から起こった我が家の出来事をブログにも少し残しておこうかと思います。
主人のバンコク赴任から3年が過ぎた11月頃、主人の会社から「延長もあり得るかもねー」なんて話しを聞き、延長したらあと約2年、バンコク生活も第二ステージを考えていこうかなーなんて話してた矢先。
急展開で年末に上海スライドの話が…。
こちら人手が足りないとかいうことで、話しが出てから1週間後くらいに辞令が降りる。
あまりに急なことで自分がバンコク生活延長から上海スライドに気持ちをもっていくのに時間を要する。そもそも、主人はスライドはないし、海外赴任も今回が最後かもって言ってたからそこそこ衝撃でした
でも上海かー、都会だし外国人も多いし、中華料理好きだし悪くないなーと次なる赴任地に想いを寄せ始めた1月頃。
武漢で謎の肺炎がひろまるとのニュース。
でも武漢だし、ヒトヒト感染しないって言ってるし…
まだ楽観的に構えていた中、1/25
武漢封鎖
このあたりから、果たして我が家は会社が提示してる3月初旬にそもそも上海に赴任できるのかという疑念が湧いてきた。その後もコロナウィルスはとどまることなく、パンデミックを起こしていった。
2月になり、中国に駐在する帯同家族が日本に帰国し始めた。そんな状況で我々本当に上海に赴任するの⁉︎⁉︎
主人の回答は「家族は行けないかもしれないけど、自分の赴任は恐らく変わらない」と。
自分の気持ちとしてはどうせ追って行くなら、主人と同じタイミングで行きたかったし、引っ越しの期日はかなり迫ってきている。
このあたり、母子でこのままバンコクに残る話、日本に一旦戻る話が錯綜する。3月に入りバンコクや日本にもコロナの波が押し寄せる。
慣れ親しんだバンコク生活、近所に母も子もお友達もたくさんいるバンコク生活、このままバンコクにいれた方がという気持ちもあったが、主人がいない中、海外でロックダウン生活が長引いた場合、万一家族がコロナにかかったら?など先が全く読めない今の状況をいろいろ考えると、母子で生活するなら日本に戻る方がいいだろうという結論に至った。幸い東京の社宅には入れてもらえるらしく(家賃は払うよ)いちおう住居は確保できそうだとのこと。あと最低限の家具はレンタルでき、そこは会社が負担してくれるらしい。
ただあくまで日本へは一時待避のつもりだったので引っ越し荷物はすべて上海に送った。子供達と自分の最低限の荷物だけトランクにつめての一時帰国。
中国はコロナが落ち着いてきてるし、4月末ごろには上海に行けるかなとこの時点では楽観的に考えていた。
こうして3月中旬主人は上海へ。母子は日本へとそれぞれ新生活に向けて出発した。
しかし…まさか、まもなく6月になろうとしている今でも日本にいるなんてその時は全く考えていなかった。
おまけに現時点ではいつ上海に行けるかの目処も経っていない
東京も緊急事態宣言が解除され、自分も次なるステージに行きたいところ。どうなる私達⁉︎