昭和58年3月に開眼されたという
全長20m 全重量1200t の奈良県高取町にある壷阪寺の観音様
全長20m 全重量1200t の奈良県高取町にある壷阪寺の観音様
私の父の里
吉野郡大淀町のすぐ手前の高取町にいらっしゃいます。
今年の1月に諸事情により
福岡県の有料老人ホームに入ることとなった私の父
その父の実家の跡継ぎをしている父の弟の叔父から
「少し話をしたいから会いに来てほしい」
と呼ばれ
久しぶりに吉野の地にいってきました
昭和58年3月に開眼されたという
全長20m 全重量1200t の奈良県高取町にある壷阪寺の観音様
全長20m 全重量1200t の奈良県高取町にある壷阪寺の観音様
思い起こすと
開眼から5か月後の昭和58年8月長男をお腹に宿していた妊娠9か月のとき
とても優しかった祖母が
「大きな大きな観音様を見に行こう
インドからちょっと前に来たんよ。」
と言って
一緒に行くことになったのでした。
あれ以来 32年ぶりのお参り。
当時は、開眼直後で
それはそれは石とは思えない不思議なくらいに真っ白だった観音様も
今ではところどころ色がついていて周囲の景色となじんで
その荘厳さには圧倒されました。
私はどういうわけか
母が離婚した後も
父方の祖父母に可愛がられました。
もちろん信仰心の篤い母方の祖父に可愛がられ愛され育てて貰いました。
それと、、何故だかわかりませんが
母が再婚した先の義父の実家の祖父母にも
実の孫 以上に
連れ子である私をどういう訳かとても可愛がってくれたのでした。
両親がそろった温かな家庭には全く縁がなかったですが
私を想ってくれる祖父母の愛は
遠くからでも注がれていたのだなぁと今では深く感じています。
32年前
大きな大きな1200トンの観音様に向って
ひたすら手を合わして何かを祈っていた父の母の姿が思い出され感無量。
32年後の私は祖母を思い出し祈っていました。
あー
あの時祖母が祈ってくれたおかげで
この度またこうしてお参りに来れた私なのだなぁと心から感じたのです。
信仰とはそんなものです。
合掌する姿はとても美しい。
その美しい姿が
目に焼き付けられたとき
それは一生の宝ものになりますね。
それは
愛
が具現化されたものに他ないのではと心から感じます。
壷阪の観音様
ウイキペディアによりますと
昭和58年3月12日開眼法要が営まれたという大観音石像は、インドハンセン病救済事業のご縁でインドからご招来したものである。
インド国民の協力と南インドカルカラの三億年前の古石がインド政府や様々な方のご支援で、提供され、
延べ7万人のインドの石工が参加してすべて手造りで製作された。
20mの巨岩は動かすことも、運ぶことも不可能なので66個に分割して彫刻し、日本に運ばれ組み立てられたそうです。
この巨岩を支える土台は深く基礎岩盤にまで掘り下げられ、数万巻の写経と土台石が埋納されている
また、胎内には数万巻の写経と胎内石が納められ、66個の石が1本の巨石となっている。
この大観音石像はインドの文化勲章受章者シェノイ氏及びその一門によって製作されたもの。
ということでした。
写真に一緒に映っています観音様の手前のお釈迦様の涅槃像様も大きかったのですが30トンだと言われていました。
それでもすごいのに
観音様は 1200 トン
本当に凄いですね






