父の肩車(それとも高い位置で抱かれていたのか?)

私の目の下は

沢山の人の頭の髪が見えていた。

駅付近のような人ごみ。


もう一人の私が(私のハイヤーセルフと同調して)

上から

小さな私と父を冷静な目で見ていた。


父の目は鋭い。

しばらくすると

後ろから母が泣きながら走って父に追いついた。


父は母を振りほどいて

私とそのまま進んで行った。


私は数回後ろを振り返っていたが

母は諦めたのか追ってこなくなった。


私に突然大きな羽が生えて飛んで行ったのか

(全く記憶が飛んでいるので寝ちゃったのかなぁ)

その後

気が付くと

明日香の地

父の実家へと着いていた。


田舎で母のいない生活

祖父母はとっても優しかったけれど

父は大阪の会社のお勤めに行ったきり


そんなある日

母の父が私を迎えに来た。

父方の祖父母は母方の祖父に説得され

私を母の父へと手渡すことになり

母のもと

というか母の実家で暮らすことになる。


私が3才の頃の出来事です。

よく思い出すので

時々

その状況に光を送っています。


後から知ったことだけど

離婚にあたり

家庭裁判所で私の取り合いになったのですね。


今は離婚も多い時代ですが

50年以上前は比較的少なかったかもしれません。


母はその後再婚しましたが色々あってまた離婚。


夫婦となるのも意味があるし

夫婦と言う形が全うできないのも意味がある。

その両親を選び生まれる子供が

色んな経験することも意味が深いものです。


私が私のハイヤーセルフと同調して

状況を見ていたのはこの時だけではないのです。


この頃の前なのか後なのかは、さだかではないのですが

私が病気(肺炎)で緊急を要した時にもありました。


うろたえている母が目指した近所の医院

診察時間外だったので母が必死で医院の扉をたたいている姿を

空から見ている私(ハイヤーセルフ)がいました。


毛布に私をくるめて抱いている母

木で出来た医院の勝手口の扉を叩く音

叫ぶ母の声がはっきり聞こえて

その時の私の来ている毛糸の服の色が見えました。

私の頬はりんごのように真っ赤になっていました。


聞くところによると

その後大きな病院へ入院したのだと


目を開けた時

私の目のすぐ前に沢山の大人の顔(親戚一同)がのぞきこんでいて

わぁー!!と言う声がいっぱい聞こえたのを覚えています。


ここ2、3日

ちょっと風邪気味だったので

家でゆっくり過ごしました。


きっとそうしたかった私がいたのですね。


父とはもう長く会えていないけれど

そーっと父のハートに入ってみることにしました。


体調はあまりよくないが

静かな時を過ごせていて今はしあわせだと。


人生とはこんなにも短いんだなぁ

好きなことをして来たなぁ。


父は私のことを ときどき思っているみたいですね。


再婚した父とは

今世では

あまり時を一緒に過ごせなかった親子


記憶に残っている会話など

寄せ集めても

原稿用紙1枚にも満たない

ほんの少し


でもそんな親子だったからこそ

私が学んだことは計り知れなかったように今は思う。。。❤