この物語は長編です。初めての方は【目次】 からお読みくださいませ。
テーマ曲はコチラ→『She』
With all my love![]()
坂本はんのお兄さんが訪ねて来られた。
一体何故かと思ったが、つまらない事を言うタイプの人ではないと感じた。
誠実そうな人柄が見た目にも現れている。
だがその観察眼は鋭く、私の心の奥まで見透かそうとする様な視線を投げ掛ける。
いきなり切り出される。
「単刀直入に言わせてもらいます。
先生、歌織っちゅう女性を知っちょりますやろうか?」
さすがに動揺を隠せない。
やはり詩織と歌織は関係があったのだ。
だがここでべらべら喋る訳にはいかない。
それぞれのプライバシーにも関わる問題だから。
「坂本はんのお兄さんが何でそないな事を聞きはるんですか?」
冷静を装い、そう聞き返す。
すると、彼は意外そうな顔をする。
そして話してくれた。
詩織は歌織の妹であり、幼い頃両親が離婚して別々に生活する様になったらしい。
彼は歌織の母親が詩織に宛てて書いた手紙を見て、会いに来た事があるそうだ。
その時歌織と一緒にいた私を見ていたと。
そして入学式の日、私と詩織が話しているのを見て思い出したのだと。
やはりそうだったか。
姉妹だったのか。
どおりで良く似ているはずだ。
彼は私が詩織と歌織の関係を知っていると思っていたようだ。
だから詩織と話していたのだと。
詩織と出逢ったのは偶然だと説明すると、本当に驚いていた。
そして私は歌織との過去を話す事にした。
当然詩織の耳にも入るだろう。
彼女を傷つける事はしたくない。
全てを明かす必要はない。
歌織の為にも、私の胸に留めておくべき事もある。
言葉を選びながら、慎重に話を進める。
私と歌織が出逢ったのはT大の附属病院だった。
当時私は精神科の医師として働いていた。
医大を卒業してやっと2年。
まだまだ手探りの毎日だった。
そんな私の前に現れたのが歌織だった。
彼女は看護学校の学生で、病院に実習に来ていた。
いつも元気で明るく、彼女の笑顔は周りの人間を幸せにする力を持っていた。
患者さんたちにもあっと言う間に人気者になった。
私にも気さくに話しかけてくれて、すぐに打ち解けた。
物怖じしない性格で、ダメな事ははっきり言う。
例え先輩であっても患者であっても違うと思った事ははっきり伝える。
そんなしっかりしたところがあるから、6歳の年の差も全く感じなかった。
そしてある日私は病院の外で歌織に出会う。
それがあの『 corbeau noir 』だ。
病院を出てすぐのところに出来て間もないそのカフェで、彼女はアルバイトをしていた。
実習を終えて夜働いて、それでも彼女は弾ける様な笑みを振りまいていた。
そこにはその時T大の学生だった、高杉もいた。
彼の話はまたの機会にするとして…
私はいつしか歌織に会うためにコルボ・ノアールに行くようになっていた。
別に特別な関係になろうとか、そんな下心はなかった。
自分もまだまだ未熟で、そんな事を言える立場ではなかったから。
ただ、疲れた心と身体は彼女の笑顔を求めていた。
彼女に癒されていた。
彼女の帰りを待って一緒に帰る。
夜道の一人歩きは危ないと言う理由で。
最寄駅もたまたま一緒だったからと。
お互い自然に惹かれ合っていた。
歌織は複雑な家庭環境で育っていた。
両親の離婚で今の家に越して来て、新しい父親が出来た。
その相手とも半年と続かずまた離婚。
それから母親の紗織は相手を取っ変え引っ変えしているらしい。
彼が来ているからと、部屋を追い出される事も少なくなかったそうだ。
そんな事を全く感じさせない歌織に私は引き込まれていた。
彼女の優しさに強さに美しさに溺れていた。
ひと時も離れていたくない。
ずっと一緒にいたい。
そう思った。
プロポーズした。
看護学校を卒業し、看護師になれたら結婚しよう。
2人でそう誓い合った。
シャラ…
襟元からチェーンを引っ張り出す。
そう、このペアリングを証に。
幸せになろうと。
幸せはすぐそこにあるはずだった。
歌織は無事看護学校を卒業し、看護師になった。
夢が叶って、忙しいながらも充実した日々を送っていた。
勤めだしたばかりで忙しく、会えない日が続いていた。
だがお互い手の空いた時間にはマメに連絡を取り合い、いい関係を育んでいた。
そう、思っていた。
GWが明けて少し経った頃。
携帯が鳴る。
時計を見るとまだ明け方の4時過ぎだった。
着信は…歌織からだった。
どんなに忙しくても、何日会えなくてもこんな時間に電話を掛けて来た事なんてない。
胸騒ぎがした。
急いで電話に出る。
「…俊太郎…さん?」
「ん?何や?どないし…」
「今までありがとう。ごめんね」
そのまま電話は切れてしまった。
それから何回コールバックしても電話は繋がらなかった。
直接家に行ってみたが誰もいない。
仕事の時間が迫っていた。
気が気ではないが病院へ向かう。
午前診を何とか済ませ、控え室へ戻るその廊下で。
すれ違う2人の看護師の会話が耳に入る。
「飛び降りたみたいよ」
「もう何も出来なかったって…」
「そんな感じじゃなかったのにね」
「それは一体誰の話や?」
自分の口から聞いた事もないような声が出ているのに気付く。
感情の無い低い、冷たい声。
看護師も驚いている。
「あの、少し前までこの病院に実習で来てた…」
「名前何だっけ?明るい、ニコニコしてる感じの…」
「どこや」
「えっ?」
「その子はどこにおるって聞いとるんや!」
「あっ、外科病棟の502ですけど…あっ…」
聞くが早いか走り出していた。
嫌な予感で胸が潰れそうなのを必死に振り払って。
立ち止まったら全てが無くなってしまうような危機感に襲われて。
私は人目も憚らず走っていた。
病室を覗くと、数人の看護師が部屋を片付けていた。
認めたくない。
「ここの患者は?」
きっと私たちの関係を知っているのだろう。
暫く言葉に詰まり…。
「残念ですが…」
言葉を濁す。
「残念?何や、それ?」
認めたくない。
「ですから、その…お亡くなりに…」
「はぁ?誰が?」
認めたくない。
もう看護師たちもそれ以上何も言わなかった。
誰が呼んだのか、看護士長が来て私を病室から連れ出した。
「古高先生?しっかりして?」
病棟を出て、確か中庭へ連れて行かれたんだと思う。
ベンチに座らされる。
患者さんが散歩したり、小児科病棟の子どもたちが遊んでたり。
いつもと変わらない風景。
なのにどうして色がないのだろう。
士長が尋ねる。
「どうする?会ってみる?」
会わないなんて出来る訳が無い。
だがまだ認めたくない。
会ってしまったら…
認めざるを得ない。
怖い。
こんなに何かを怖いと思った事はない。
勝手に手足が震える。
頭だけが冷たく冷えている様で。
何も考えられない。
聞かれたから頷いた。
そんな感じだったと思う。
あまり良く覚えていない。
ベッドに横たわった歌織は顔に白い布を掛けられていた。
こんなもの掛けてたら呼吸がしづらいじゃないか。
私は布を取ってやる。
「歌織?」
応えない。
「歌織?」
軽く肩を揺さぶる。
その肩が酷く冷たく感じて、私は毛布を一枚掛けてやる。
「あんな時間に電話して来るから、まだ眠いんやな」
額に口づける。
頬に、鼻に、瞼に。
そして、唇に。
「何でこない冷たいんや」
添い寝すれば少しは温められるかと思い、
ベッドに入ろうとするのを誰かに止められた様な気がする。
それから先の事は良く覚えていないが、葬儀にもきちんと出席したらしい。
「とまぁ、こんな感じどす。で、今に至ると」
坂本はんのお兄さんは何も言わず俯いていた。
少し涙ぐんでいるようにも見えた。
to be continued...
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