成功したと思える日まで
「そもそも“成功”したというのは何をもって言うのか」
昨日、運転中にふと考えました。
・・・
「あの人は成功したね」・・・
「あの人は成功者だ」・・・
なんて会話をたまに耳にします。
確かにその時点では、そう言われる人たちは
「成功した」
といわれる業を成した人なのでしょう。
でも、何があるか分からないのが人生です。
ふとしたきっかけや、何らかの要因で一転してしまうかもしれません。
となると、その人は、引き続き「成功者」なのでしょうか・・・
本来、“成功”という言葉は、他人によって言われるものでなく、
自分の中でその“成功”という価値感を見出すものではないでしょうか?
周りからはなんと言われようと、本人は成功したと考えてる人もたくさんいるはずですよね。
・・・
そこで考えました。
僕は“成功”という認識を、人生で2回だけ問いかけてみようと。
1回目は、男の基本である“仕事”から完全に身を引き、リタイヤした際、
「俺の仕事人生は成功と呼べるものだったか」・・・
と。
そして、2回目は、人生に幕をおろそうとするとき、
「俺の人生は、成功と呼べるほど充足感に満ちていたか」・・・
と。
では、今まで簡単に使ってきた自分自身に対する
「成功」や「失敗」はどう認識しながら生きていくか・・・
「成功」 ⇒ 「順調」
・・・「いやぁ成功したよ~」ではなく、「いやぁ順調にいってるよ~」
で、
「失敗」 ⇒ 「勉強」
・・・「はぁ~失敗したよ~」ではなく「いやぁ勉強したよ~」
でいこうと思います。
・・・
たった2回しか、振り返ることができない
“成功の問いかけ”
に対し、
「成功だった」
と言える為に・・・
そして、決して、
「失敗だった」
と思わないために・・・
日々、一生懸命生きていかなければいけませんね。
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昨晩は、せっかくの夢バトンを、あまりの睡魔で、誰に渡すことなく投げ出してしまいました。
反省。。。