オジー・オズボーンの偉大なるギタリスト、ランディ・ローズがこの世を去ったのは1982年3月19日のことだった。
彼はまだ25歳。
80年代のヘヴィ・メタル・シーンをリードしていくギタリストとして活躍していくはずだった![]()
アメリカをツアーバスで回り、その運転手がたまたま遊びで操縦したセスナ機にランディは乗っていた![]()
セスナ機はバンドのメンバーの目の前で墜落した。
僕はその事故の記事を本屋の音楽雑誌でたまたま目にすることにより、知った。
その時はあまり関心がなかったが、彼の亡くなった数ヶ月後、彼のギタープレイをこれまでかとばかりに聴かされるたびにその偉大さを感じると同時に底なし沼のようにのめり込んでいったのだ。
僕は当時まだ21歳。
自分のバンドでオジー・オズボーンの曲をやることになった![]()
「ミスター・クロウリーをやろうぜ」バンドのメンバーの1人が言った。
よくぞ簡単に言ったものだ。
ミスター・クロウリーはランディ・ローズが弾く代表曲でもあり、ちょっとやそっとで弾きこなせる曲ではない。
最初はゆっくり弾くことから始めた。
なんとかできた。
希望の光が差し、だんだんスピードを上げていってもついていけるようになる\(゜□゜)/
速弾きというものに抵抗がなくなったのはそれがきっかけだったと思う。
まるでランディの魂が自分に乗り移ったのではないかと錯覚した。
ランディ・ローズがオジー・オズボーンバンドに在籍した期間
は短い。
これは当時購入したLPレコード。
もちろん同じものを今ではCDでも持っている。
ブリザード・オブ・オズ・・・そして・・・ダイアリー・オブ・ア・マッドマン、この2枚のスタジオ盤にライブアルバムがあるだけ。
本当にこの2枚はこれまでのオジーのアルバムの中でも特別なもので名盤といっていいものだと思う。
ランディのギタープレイを参考に努力したギタリストたちは確かにもう当たり前のように超絶プレイを披露するようになっている。
でもあらためてこの2枚を聴いてほしい。
こんなにもロマンチックでしかも激しくなおかつ繊細なメロディセンスを持つ彼ならではの曲とプレイがちりばめられたアルバムは、宝物と言っていいと思う![]()
トリビュートはランディ亡き後、かなり経ってからリリースされた。
ランディのライブ音源は少ない。
正直このアルバムはランディのベストなプレイが聴けるアルバムではない。
だからこそオジーはすぐにライブアルバムを出すことをしなかったのだと思う。
と当時の曲を聴き、また自分でも弾いてみる。
2012年、今から3年前にランディ・ローズ没後30周年をむかえると同時に僕はかつての仲間とバンドを再開させた。
もうしばらくはランディ在籍時のオジー・オズボーンの曲を続けていく。
彼の曲を弾き続けていくことが自分の使命であるのだと思う。
3月19日、ランディ・ローズがこの世を去った日をみんな忘れないでほしい。
まるでモーツァルトのように軽やかで親しみやすいフレーズが耳に残る![]()
ほんの短い間、彼はおもいきり天才的な能力を発揮し、あっという間に散って行った。
それでも彼は歴史に残るギタリストとして、永遠に語り継がれていくに違いない。


