利き酒師あーんど編集者の酔っ払い日記
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秋の終わりの家庭菜園

 いよいよ寒くなってきた。

 近所に借りているわが農園も、冬支度。

 先日は子供たちとサツマイモ掘りをした。

 一畝しか植えていなかったが、30個弱の収穫に息子たちは大喜び。

 しかし、伸びに伸びたサツマイモの葉と茎、あれはなんとかならないのかね。とりあえず枯れてかさが減るまで、畑にそのまま放置。たしか、乾燥したつるを使って何か作ったりできたような気もするが、知っている人がいたらおしえてください。

 かくして秋のフィナーレ的な収穫も終わり、わが菜園は大根とタアサイくらいが冬の収穫に備えてさびしく植わっている。

 が、もっとさびしいのは、いまだ青い実を数個つけているために捨てられない、ほとんど茶色く枯れたミニトマトだ。あれ、最後の1個が終わるまで抜き取ることができないのは私だけ?

いい手帳の選び方

 手帳がむずかしい。

 この時期いろいろ来年の手帳が出てくるが、世は手帳ブームと言うこともあって、なかなか選ぶのに迷ってしまう。

 手帳を買うのはワクワクするが、悩み始めるときりがない。

 本当に自分にフィットした理想の手帳と言うものがなかなかないからだろう。

 ちなみに自分はいまミニ6穴システムバインダーを使っているが、もちろん完全に満足しているわけではない。というか、やや飽きてきている。

 どなたか、いい手帳の必殺見つけ方を教えてくれないだろうか。

まだ生きているカブトムシ

 11月に入ったというのに、我が家にはまだカブトムシが生きている。

 しかも元気にエサのゼリーを食べ、夜になると飛んだりしている。

 福島・会津の桧枝岐で採集したメスのカブトムシだ。

 9月中旬、上の息子と1泊2日でクワガタ採り(ヒメオオクワガタなど秋に狙える種類がいるのだ)に出かけたときに、いわば「外道」としてつかまえた1匹だ。

 そもそも9月に山の中でカブトムシを見かけるのはめずらしい。すぐ死んでしまうと思っていたのだが、その前に卵を産んでくれるかもしれないと思い、飼うことにした。

 ところがどっこい、いつまでたっても弱らない。

 私は子供の頃、また子供ができてから、ずいぶんたくさんのカブトムシと付き合い、飼育し、羽化させてもきたが、がんばって管理しても成虫は10月下旬には死んだ。しかも長く生きるのはだいたい大型のオスだった。なのに小柄な彼女は、これまでの我が家の「カブトムシ最長生存記録」を更新中だ。

 ただ、卵を産む気配がない。おそらく彼女はなぜか他のカブトムシがあらかた姿を消した頃羽化してきて、オスに出会えず、交尾をできなかったのではないか。そう思うと少し不憫である。

 メス一匹の孤独な人生(?)だったかもしれないが、ここまできたら少しでも長生きして、生命を謳歌してほしい。

 今日も彼女は、もくもくとゼリーに頭を突っ込んで食事中だ。

未来への合奏

 秋晴れの土曜日。子供たちが通う小学校で、音楽発表会があった。

 運動会のように派手さはないが、ほどほどににぎわうこの音楽会というのが好きだ。

 もちろん、4年生と2年生の私の息子たちの歌や合奏には、見ていて「ああ、やつらも成長したなあ」という感慨でいっぱいになる。だが、今日もうひとつ感動したのは最上級生である6年生の合奏だった。

 「島唄」の合奏だった。三味線をはじめ、大太鼓、小太鼓、シンバル、木琴、縦笛、トライアングル、カスタネット、ピアニカ・・・・・・。どの音色も決してその与えられた役割を外さず、上手でなくともしっかりと、堂々と存在を主張した。よく耳を澄ませてみた。ひとーつひとつの楽器の音。彼らにとって小学校最後の、音楽会・・・・・・。不覚にも涙腺がゆるんだ。彼らの合奏には、プロの音楽と比べてもある意味決して負けてはいない感動が含まれている。それは1回限りの、二度と再現できない、まさにいま生きるこの瞬間というものを無垢にぶつける子供たちのライブだからだ。

 私は心から精一杯の拍手を、5ヵ月後には中学生になる少年少女に贈った。

 そう、君たちはいまもそしてこれからも、ちゃんと意味のある役割を持ってメロディーを奏でることができる。

 もう少ししたら、いまのように無垢な君たちではなくなっていくだろう。でも願わくば、音を外してもいい、今日の音楽会で見せてくれた、堂々たる自分をずっと生きていってほしい。

むかごの誘惑

 この時期になると、むかごの味が恋しくなる。むかご、というのはヤマイモの茎にできる肉芽のことで、直径5ミリ~2センチくらいの灰茶色をした球である。小さいけれど立派な「イモ」だ。

 最近は、たまに八百屋や道の駅などで売っているのを見かけるが、なぜか買って食べても美味くはない。

 秋も深まった頃、里山の雑木林の縁の低木に黄色いハート型の葉が絡みついていればたいていむかごがついている。意外に、公園や民家の金網やフェンス、垣根でも沢山実っていることがある。

 これを、採って食べるのだ。触ればぽろぽろとこぼれるのですぐ手のひらいっぱいぐらいは採れる。

 家に持って帰ったら、フライパンで炒るのがいい。塩を少々利かせて、ビールか日本酒でクイッ。

 ほのかに苦く、むっちりねっとりとした絶妙な舌触りが、自然の滋味を感じさせてくれて、すこぶる美味いのである。たまに虫食いのが混ざっていて、こちらは文字どおり虫食いとなってしまい、本格的に苦くてウェッとなるのだが、それも自然の愛嬌である。

 先日、東京・神楽坂の信州蕎麦屋で「むかごの胡麻和え」があったので注文したが、私はシンプルなむかごの味だけの方が好きである。

 今年はまだ自分で採ったむかごを食べていない。そろそろ例の自然公園の秘密の場所にそっとむかご狩りに出かけよう。その晩はきっと幸せになれる。