少しずつ、タイミングがよくなってきているような気がする。

欲しいときに欲しいアイディア、

必要な時に必要な言葉、

きっかけ、偶然、
不思議なめぐり合わせ。


そういうのがピタっとくるようになったら、自分はツイている証拠だ。


今、私にとって壮絶にヒットやな、って思うのは昨日の西野公論にあった以下のコメントだ。


なんでも手をつけて、どれもままならないという結果が一番よろしくない。

自分の仕事をキチンと絞り込むという事が非常に大事なんだと。

今回は脚本だけに徹したことが功を奏しているのではないかと思う。


仕事に対して独占欲を持ちすぎてはいけない。

自分にできるキャパシティ、優先順位を見極めて動かないと、苦しくなる。

圧がかかって、溺れてしまう。そして自分からとりにいった癖に、誰かのせいにしてしまう。させられている自分、被害者な自分になってしまうのだ。


だいたい私の場合、自分にとって苦しい仕事を抱えているときばかり、
よそに目をむけがちだ。いわゆる現実逃避というやつ。

イライラして、他に逃げ道を探して、人の持っているものを奪いたくなる。

何でもかんでもイッチョ噛み状態になってしまう。

挙句の果てに放置プレイ。それでは相手に対してもその仕事に対しても失礼である。


そういうときの特効薬はきっと自分を信じることだ。


苦しいと思っている仕事でも絶対に乗り越えることができる、という自分への信頼。
今、他の仕事を誰かに渡しても、うまいことやってもらえるという他人への信頼。
そして他で花が咲いても自分の場所はきちんとあるという環境への信頼。


不安になって、おびえて、足元がぐらつくから、余計頑固になろうとする。
苦しいのに、飢えを感じてしまう。食べれないのに咀嚼して飲み込もうとしてしまう。
だからお腹が痛くなる。お腹を壊してしまう。


心の余裕も現実的な余裕も、閉ざして追い込んで酸欠にしてしまうのは自分自身なんだ。
なんでも手をつけて、どれもままならないという結果が一番よろしくない。
自分の仕事をキチンと絞り込むという事が非常に大事。

今さらこんなこと言ってるようじゃダメかもしれないけれど、西野くん教えてくれてありがとう。

人を見て、自分が分かるときがある。
頑張りたくて、自分はできるってアピールしたくて。
声をあげる。それがまわりの感情を逆なでするとわからなくて。
くすぶっていたから、燃えたくて。迷惑ばっかりかけてたし、今の私なんかよるずっとずっといらいらさせただろうね。ストレスの種だっただろうね、って思う。
とんがりまくっていたような気がする。私は私。皆とは違う。そう思っていたころの気持ちは間違いなく回りにも伝わっていただろうし。
扱いにくかっただろうなって。
申し訳ないぐらいに思う。

それがわかるようになったのは、もしかしたら今の自分が過去を振り返れるぐらい大人になったからなのかもしれない。

子供だったのかもしれないねぇ。10歳も年下の子をみて、それがわかるようになってくるっていうことは。
でも一番気の毒をしてたのは、やっぱり経塚さんかなぁ。立ち位置がわからなくて、でも非難されて、起こられて、ちょっと生意気な顔すると私から倍の勢いで押さえつけられた。
大変だっただろうなぁ、ってつくづく思う。

一年が経つのは早い。
って、大体の人はこの時期にいう。そして感じるんだ。
その速度は毎年、加速度をつけてるねって。若い頃よりも、今のほうがずっとずっと早いよねって。ま、そういったからってブレーキが踏めるようになるわけでもないんだけど。
そのスピードに乗っていくしかないんだけど。

でも。やっぱり流されるように、追い立てられるように生きていくのは嫌だなって思う。
自分の人生、ペースメーカーは誰でもなく、やっぱり私自身でしょ、って思う。
だから、地図を描こう。来年のこの時期、自分のゴールはどこにあるのかなって。
ダラダラしない。イキイキ、かっこよく溌剌と生きる。
抜かりなく、丁寧に。
走る。その日一日あったことを忘れるために10分でいいから走る。
この歳でこの体って思われるぐらい、かっこよく走る、泳ぐ。
仕事は短い時間に集中できるようになる。あの人に任せておけば安心っていう信頼と自分の椅子を作る。気配り、目配り、思いやり。先を読んで、動く。
真心。かっこいいい女。ビジバシ凛と。仕事を楽しむ。
辛くなってきたら、面白くなってきたなっていってみる。
忙しい時は、楽しそうな顔をする。コトバを通じて自分を表現する。
大丈夫、任せて。いけそうじゃん!って楽に言えるレベルを保つ。
でも逃げ道はいつもちゃんと持っている人になる。
それがきっと大事。

そして来年のプライベートは、おっさんにならない。
家でパソコンをしない。たくさんの本を読む。たくさんの人に必要とされるようになる。
泳ぐ、走る、お洒落をする。自分の飾り方を知っている人になる。怒らない、だれない。
行動力のある人になりたい。

ん~。今年は行動力がなかったなぁ。
暑いとか、めんどいとか、いろんないいわけつけまくって、夏もぐずぐず、冬も引きこもりって感じで。私にしてはめずらしく、テレビなんかもいっぱいみちゃった、って感じだったし。
いかん、それでは。時間を殺してしまっている。


今年はTちゃんマンに、年賀メールを書いてみようかなぁ。

でも…何を書けばいいんだろう。切り捨てたくない人、と思いながらも、弱い自分を見せたくなくて、ずっと封印していた。

いい年こいて、泣いて、ごねて。

仕事が好きかどうかすら見えなくなっていた私に「オレを信じろ」といってくれたすごい人。

誰よりも自分が走って背中を見せてくれる人。

そして、あぁ、かなわねぇな、ってつくづく思わせてくれたあの人に。


もしかして胸を張って、「私は今、元気に生きていますよ。お世話になったことを感謝しています」と言えるようになれたなら。私は成長できたんだ、って思うことができるのかもしれない。
でもまだ、書けないだろうなぁ。自慢するのも変だし、あの会社が傾いていくのを嬉々として待っているみたいなのも嫌だし。

どこかでばったり会うことができたのなら、話をすることはきっといっぱいできるだろうけれど、言葉にするのは今はまだ少し難しいかもしれない。どこかでいつか会えたらいいのにな。そしたら、きっと泣いてしまうかもしれない。ありがとう、とお世話になりました、感謝しています、ととめどないお礼の言葉と思いを伝えたいと思う。

ブログの中にいる私はすごく臆病だ。
でも正直だ。不安も苦しさも隠していない。
怖がらないで、まっすぐにぶつかっている。

なおったと思ったらまた風邪ひいてないか。私。
いかんいかん。大丈夫か、しっかりしろ。
小さい手、小さい夢、小さい!!


人のこと意識しまくって一番かっこ悪いのは私。オレはオレ。人は人。そういう強さがなきゃ、前に進んでいくことはできないんだよね。いかんいかん。

そういえばヒマだから疲れないというのはウソだ。

ヒマでやることがないと、かえって疲れる。

とても疲れる。なんで私、ここにいるのかな、って。

あれ?って疲れたりする。何もできなかった自分の悔しさ、みんなが自分をどう見ているのかっていううしろめたさ。でも。実のとこ、他人はあくまで他人で、あんまり人のことを気にしたりしてないんだよね。どうでもいい。どうだっていい。それぐらいの気持ちで私もいかないとダメだね。

揺れない自分を持つこと。これは結構大変なことだと思う。

臆病な人ほど、誰かと自分を比べてしまう。

自分を高めることより、誰かを落とすことに一生懸命になってしまったりもする。

そうじゃないよ。

主役は自分。


誰かの脇を固める自分じゃなくて、自分の物差しではかって、前を見て進んでいかなきゃ、答えは出ない。

少し明るい目の色の服を着てみよう。

今日の私、おかしくないかなって思うんじゃなくて、今日の私はなりたい私になれているかなって。


物差しはそこ。 あの人より自分は上って思うんじゃなくて、今、目の前にいる人を認めることから始めよう。

日曜日の夜に、お腹がいたくならない。

これって実はすごく幸福なことなんだと私は思う。
翌日がテストだったり、憂鬱なことがある時だったり。

気持ちが重いときの、日曜夕方6時っていうのはもう、お腹の脇がちょっと痛くて。
あ~このまま時間が止まっちゃえばいいのになって大人になってからもかなり本気でおもったりもした。
ドキドキと不安とハラハラが混ざり合うと、嫌な汗が背骨の脇から流れたりしてね。

でも今ってそうじゃない。

最悪、電話一本で今日は休みます、なんてことが言えたりして。それが許されたりもして。大丈夫、なんとかなるよ、って。オールを渡された状態。

一歩後ろに下がろうと思ったらそこにはちゃんとスペースがあったりする。
これを当たり前だなんて思っちゃいけない。
握りこぶし一杯分の遊び。甘えて許してもらえるキャパシティ。
これがあるかないか、で気持ちの糸の張り詰め方って実は全然違うんだ。

大きな呼吸ができるかどうかは、この握りこぶし一杯分にかかっているといっても過言じゃない。

怒る人がいて、よどませる人がいて、すべてが上手くいくわけじゃないけれど、
今、この手の中に自分の場所がある。
そのことをまず感謝しよう。そこからすべては始まるんだからね。


そういえば、年内からぷぅ太郎生活を始めた彼女は今、何をしているだろうか。
いなくなってみて、意外と仕事って回っていっちゃうよね…って驚かされちゃうこともあれば、仕事以外の部分で、あ、いないんだ、っていうのをさすがに感じるようになってみたり。
仕事ができないからといって、彼女に烙印を押すべきじゃなかったのかもしれない。

でも、何にせよ、今彼女は自由の世界にいる。

きっと、思っているはずだ。
今ごろ何やってるんだろうか、とか、この時期は自分、何してただろうか、とか。
そして辞めてよかったという思いと、辞めたくはなかったよ、という後悔が入り乱れる。

でもどこかで、強気のスイッチをいれてくれてるといいなと思う。
過去を断ち切る勇気、自分の決断が正しかったという自信。

それがなきゃ、次に踏み出すことはできないから。
後ろには一歩も戻れない。だから前に踏み出す勇気を溜めていくしかないんだ。
心の内側が脆い、彼女にそれができるかどうか、間違いなく大きな大きなお世話でしかないんだろうけど、ちょっと不安だったりする。