私の祖母は私が10歳の時に亡くなりました
ちょうど今の娘の年齢の時です。
大好きだったおばあちゃん…
母方の祖母は宮城の出身らしく、自分のことを「オレ」と言うのも子供ながらに不思議でした。
「なんでおばあちゃんは女の人なのに自分のことオレって言うの?」
「田舎者だからだよ…おかしいね」と言っていつも笑ってました。
祖母の家に行くと、一斗缶から沢山のお煎餅が出てきます。
私達が来る前は沢山お煎餅を用意して待っていた。
今は好きだけど、当時は子供だったからザラメの美味しさも分からず、貰ったけど「不味い…」って言っちゃった。
そんな時でも笑っていたおばあちゃん。
家族で祖母の家に泊まる時は真夏でも必ず、全員分の腹巻が出てきて「お腹を冷やすとよくないから」と。
私の腹巻は可愛いピンク。
兄のは水色。
両親のは思い出せないけど、全員のが一目で分かるようになっていた。
「いつか電車に乗って、おばあちゃんの田舎(宮城)に行こうね」そう約束してた。
「来年の夏休みにでも行こうか?」具体的な話もしていました。
11月のある日私はふと「最近おばあちゃんの家に行ってないよね。今週行きたいな。」と母に言いました。
母は「じゃあ今週の土曜日に行こうね」と。
次の日学校で勉強をしていると、先生が「あなたのおばあ様が倒れたとお母さんから電話が来たから、帰る支度をしなさい」と言われました。
「間違えがあるといけないからもう一度確認するから少し待っていなさい」担任の先生に言われた瞬間、心の中がザワザワしました。
戻って来た担任の先生はしっかりと私の目を見て「お母さんを支えられるのはあなただからね」と。
後で聞いたら、母は動転して泣きながら電話をかけてきていたらしい…。
家に帰るといつもは大人しい兄(この頃は)が「グッピーが死んじゃうから行きたくない!」と泣きながら駄々をこねていた。
私はとっさに、兄は男の子だからおばあちゃんのことで泣けなかったんだと思いました。
本当は私も泣きたかったけど、先に兄が泣いてしまったのと、担任の言葉が頭の中から離れず必死に涙を堪えました。
大好きな大切なおばあちゃんは、金曜日の朝、トイレの中でクモ膜下出血を起こして1人で亡くなりました。
苦しかったのか、助けを呼ぼうとしたのかトイレのドアは半分空いていて、通りに面した硝子戸も空いていたため近所の人が倒れいる祖母に気付いたそうです。
金曜日の朝だなんて…前日の夜に土曜日におばあちゃんの家に行こうと話ていたのに…
後一日遅かったら、一人きりで発作にあうこともなかったかもしれないのに…
お葬式も終わって家に帰り、暫く経った頃、私は夢を見ました。
それは夏の日で、自宅のアパートの窓もドアも空いていて風鈴の音も何処かで聞こえていました。
暫くして音もなくスーッと現れた祖母。
何も言わずに手招きされ、私は祖母に膝枕をしてもらいました。
その時ふと「膝が冷たい…
そう言えばおばあちゃんは亡くなったんだ」
一瞬怖いと思ってしまって…。
そう思った瞬間目が覚めました。
夢の中は綺麗な薄いブルーの色合いで、笑っているけど一言も喋らない祖母。
後で母に話たら、「おばあちゃんが会いにきたんだね。お母さんも会いたい…」とまた涙ぐまれました。
四十九日前だったので、最後のお別れにきてくれたのかなぁ?
そう言えば、お葬式の日にもこんなことがありました。
祖母にはずっと犬猿の仲だった近所に住む知人がいました。
亡くなる前日、その知人の枕元に立ってずっと「ごめんなさい」と祖母は謝っていたそうです。
お葬式にその人が来て泣きながら、自分も謝りたかったと…。
なんて律儀な人なんだ…。
あの夢に出て来た夏の景色が忘れられなくて、夏になると祖母のこと色々思い出します