父へ
とにかく働き者でハンディマンなお父さん。2人目の妊娠最後に励ましに来てくれていたお父さん。
なのに日本にあと何時間で帰国するというときに陣痛がはじまり私は空港に行くのは断念して病院へ直行。お父さんはそのままがんばってね~といい日本にほっとしたように帰っていきました。気のせい?
え?今生まれるのに帰っちゃうの~?って感じでした。
父親からすると何をしていいのかも分からないから困るんでしょうね。
今思うと1人目のときも出産1日目に家族は日本に帰っていきました。いつ生まれるかなんて分からないしスケジュールの予定もあるのは分かりますが、出産後のほうにいてくれるといろいろと助かるような気がします。
なにかあって相談すると返ってくる言葉はいつも同じ。まっ がんばれや。がんばるしかないだろう?がんばればなんとかなるよ! なっ?といい加減な いえ、励ましの言葉をくれます。
でも細かくいろいろアドバイスをしてもらうより、不思議となんとかなるよ!の言葉が考え過ぎの私の支えになっています。
お父さんとお母さんがいるからさっ!おまえは3人を育てているお母さんになったけど、俺たちにとってはおまえはいつまでも娘なんだからさ。なにかあったら日本に帰ってくればいいさ!と。
あっ、でもそれはやっぱりだめだな?おまえはそっちにいたほうがいいな?うん、そうだ、だからやっぱりそこでがんばれ!と。。。あれ?今さっき帰っていいっていったじゃん!え?帰っちゃだめなの?
家に訪ねてきてくれたときに前の歯の入れ歯が全部外れてしまって日本に帰るまで治療できずそのままでいましたよね?いつもガハハと笑う父は口を閉じておくので必死でした。で、たまに忘れてしまっておかしかったですね。
後、俺に何かあってもお葬式には来なくていいぞ!来たってもう死んでしまって話せないんだから。無理してきてももう俺はいないんだからと。
でもこれは私の家計を考えて負担をかけないようにとこういってるのです。(だよね?)
だったら俺は生前葬をやるから!と。 こういう考え方あまりふつうじゃないですよね?
みんなお葬式にきて悲しまれるより、生きているうちに楽しくみんなに会っておきたいそうです。
これは本当に
父らしいなあと思います。
私はそういう父をすごいと思います。いつも冗談ばっかりいってるけど私は父を尊敬しています。
未だに小学校4年生のときに夜中に家が火事になり、必死になって家族を家の中から救出している姿を覚えています。遠くに離れていても守られているのは昔も今も同じです。
長生きしてもらっていつかもっと親孝行ができるといいなと思います。
お父さん、お誕生日おめでとう。お父さんが私のお父さんでよかったよ。(ところで何歳?)
2008年7月23日
娘より。