小学時代。
父は子供会の行事に積極的だった。
毎年、夏は湖でキャンプをしたり、田舎の分校(両親の出身校)との交流会をしたり。
冬はスキーにスケート。
大体、恐らく父が発案者だった。
当時の子供会は非常に親の参加率が高くて、子供たちもほぼ毎回全員参加していた。
だから子供会の仲は良かったと思う。
証拠に、父が亡くなって、子供会の親御さん達は何人も会いに来てくれた。あの頃一緒にいた子供たちも数名。
中学時代、慣れた環境で受験に臨むためという理由で、私達の中学校は2年3年とクラス替えがなかった。
そのクラスが最高だった。
文化祭の準備には何故か兄が乱入していた。
クラス殆どから「アニキ」って呼ばれていた。
そんなクラスだから、何かある度に何人かで集まって、我が家の外で焼き肉をしたり、兄も混ざってゲームをしたりした。
集合場所はいつだって我が家だった。
一度だけ、クラス全員が集まったことがある。興味なさそうな大人しい女子も、ちょっといじめられてるのかと思うような男子も、全員が参加した。
焼き肉をして、暗くなってから学校の裏山で肝試しをして、校庭で買っていった花火をした。
楽しくて、自分でも「青春してたなぁ」っていうような思い出しかない。
大人になると、それがただ何もせずに行えるような簡単なことじゃないことくらい分かるようになる。
30人以上が集まる場所を整え、食材やらを提供する。夜に学校へ行くことについての許可をとる。更に担任に同伴を頼む。
父の手回しを、いつも気付かなかった。
「何でもやるなら楽しい方がいいべや」
田舎者で大工さんな父は、そう言って笑っていた。