昨日の日曜は、朝から姉妹でおでかけして、

用事も終わり、姉妹同然の友人さゆ坊を拾って帰宅し、みんなでお昼ご飯。

明日から新婚旅行へでかける姉と、車を出してくれていた妹とその息子は早々と帰り、

さゆ坊にネイルしてもらいながら、妹が借りて来たDVD、韓国ドラマアイリス見ながら、ダラダラ一日を過ごした。

いびょんほんカリスマ凄い。


久しぶりに、な~んにもせずにさゆといると、なんだかぼろぼろネガティブな言葉が出て来て、

生活とか、今の自分いろいろ、変えたいなって思った。

ふりかえれば今の仕事、一週間に5~6日、ほぼレギュラーみたいになって、ちょうど3ヶ月がたったとこ。

常連の方々、会合やパーティーの後の団体の時だけ来店される方々、出張中の方々、

全てのお客様にとって、自分はどれだけリアルな存在なのだろう。

「最近お気に入りの飲み屋の子」「あの時行った店でたまたま前についた子」「広島の飲み屋のねえちゃん」

人にはそれぞれ世界が有って、それは、「掛け替え」の無いもので、

今の仕事場で、私の存在は、「掛け替え」であって、

そうでなければ困る私がいて、

そんな事に悲しくなる私がいる。、

この道で未来を描いていない私には、自分の存在がどんどん小さくなっていく気がしてしまう。

ああ、

今気がついた、

私は、「女子」として生きる事が怖いんだ、たぶん。

「話ができる」「行動力が有る」「考えがある」「英語が出来る」「色んな経験してる」

武装して対峙して、

ただ「女子」を求められた時には応戦できないし、かといって求められないのも怖いし、悲しい。



普段は何にも考えずに、単純にこなせる事に、

こんな風に考えてしまう時があるのは何でだろう?

誰かにとって、ちっちゃな隙間を埋める存在は必要だ。

たまたま自分がそこに当てはまったら、

それも縁だし、誰にでも出来る事ではない訳だし。

そこに椅子を出された、座った。

深く考える事じゃない。


ああ、何か脱線しちゃった。


ばんごはんを食べて、迎えが来て、さゆたんは帰り、気力を失ったまま眠りについたけど、
何度も目を覚まし、また眠りに入るのを繰り返して、やっと身体が動かせたのは本日お昼前。



「軸」が時々、揺らぐんだ。


しっかりしなくちゃ。

基本的には人生なんて、やりたい事しかやらなくていいんだから。

自分と、自分の愛する人を大事にして。



九尾にチャクラをもっていかれれそうになってた。

かなりあぶない所だったね。



さっきナルト54巻読み終わったからね。


とりあえず、今日は仕事休もう。


昨日は、一人になりたくないけど、誰とも会いたく無い日に、さゆがいてくれたみたいだ。
ありがと。