どなたかのブログで、認知症の認定書を認知症でないのに書いて欲しいとありました。
その方は、絶対書けないと仰っていました。
人それぞれ理由はあるのでしょうが、やはり悲しいですね。
介護を続けていると、もう少し経つと介護認定が進んで特養に申し込めるかもしれないと思う事もあります。
でも、思うだけで無理にお願いはしません。
やはりまだこれは出来るよ、物忘れ増えたけど、進むの心配だけど、まだまだとの思いもあります。
施設に入れてもホッとするのではなく、多くの方は、施設に入れた自分を責めてもいます。
ずっと前に発達障害の認定を受ける為に、子供におバカのフリをしているんだよと言っていたお母さんの話しを聴きました。
その子は、言いつけ通りにしていたようですが、支援学級にいて、悲しくないのかと思います。
確かにお金だけではなく、この社会を生き抜くのは大変かもしれませんが。
もしかしたらその子は、頑張ったら大学にも行けて、素敵な恋人を見つけて、頑張った先にある可能性もあるのに、親のせいで出来ないのかも。
もしもはないけど、認知症に母がなっていなかったら、母と一緒に旅行したり、ランチを楽しんだり、母も趣味をもっと楽しめたかもしれないと思うと、その可能性を捨てても、認定欲しいのでしょうか。
お金と施設との問題はあるけど、それぞれ事情はあるけど、それで親がやりたい事を奪っていいのでしょうか。
子供の可能性を奪っていいのでしょうか。
少し悲しくなりました。
認知症でも、まだまだ秘めたる可能性がありますよね。
それを信じて、今日も頑張りますね。母の為に、いえ、自分の為に。
ご訪問いただきありがとうございます。
まとまりない拙い文を読みに来ていただきありがとうございます。
今日一日が、皆さまにとって笑顔の多い日であります様に。