土曜日の夜明け前、母が濃い東北弁で「あねどこさ行った」と言いました。
ほらそこに寝ていたでしょう。
あねってだあれ。
姉さんだよ。
さっきまであんたがいるところに寝ていたでしょ。
私しかいないし、この家にはふたりで住んでいるだけだし。
ずっとコロナで大変だったのがようやく落ち着いて来たから、一応聞いて見ようかな。
一瞬それまで母を亡くなったお姉さんが、見守ってくれてたのかなと思い。
少し話している内に、弟はどうしたかな。
もう亡くなったよ。
その後、デイサービスに行ったら、久しぶりにあったのよ。(私の叔母さん)
その後に、お父さんは、まだ仕事から帰って来ないね。
お父さんってだあれ。父の名前を言いました。
もうとっくに亡くなって、この間33回忌したよと言っても、理解していない。
早く家に帰りたい。なぜここで寝ているの。
千葉に帰る。
仕方がないので、支度をしてドライブに出ました。
ぐるぐる近場を回って、帰って来たら安心して、2階の自分の部屋でお昼寝。
なぜだ。認知症が進んで理由分からない事言い出したかと思ったら、お昼寝から起きたらいつもの母でした。
どうやら母は、秋田の家に遊びに来たようで、一通りお相手をしたら千葉の自分の家に帰りたくなった様です。
ずっとリビングに寝ていて、体調悪い中自分の2階の部屋にはあげなかったので。
車に乗って回って帰って来たら、自分の家の自分の部屋が一番安心出来る場所だったのでしょう。
それにしても、なぜだ。なぜ亡くなった人の話ししかしなかったのかな。
もしかして亡くなった人みんなで、母を守ってくれたのでしょうか。
それ以降、一度も彼らの話しはなくなりました。
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今日一日が、皆さまにとって笑顔の多い日であります様に。