前に新しい認知症観が、発表になりました。
あら、う〜ん、言いたい事は分かるけど、そのやりたい事が何か判断が出来ないのが、認知症なのではないのかしら。
例えば若年性認知症とかで、出来るなら今迄通りにお仕事がしたいとか、もっとやりたい事があると言う気持ちを受け止めてあげようの意味なら分かるのですけど。
高齢者の認知症の場合2〜3年でしたい事が何かも判断出来なくなりますし、介護の側から言えば、共生社会をめざす、それって、家族が介護するの意でしょうか。若年性認知症でも、後期になれば同じですね。
学校教育や社会教育でそれを広く知ってもらいたいとお勉強するのは知ってもらえて嬉しです。
ただ、それはスタートライン、その先を知ってこそ認知症を理解する勉強ではないのかしら。
前に認知症の方が、徘徊して、電車事故で亡くなりJRと賠償請求の裁判がありました。
ご家族に対して一審は、720万円の支払いで、2審で、360万円になりました。
その後、最高裁にて、家族責任なしになりました。
その間に何があったのでしょう。
詳しくは覚えていませんが、ご家族のその時の介護状況を視て、監督責任があったかどうか。
家族関係もありますが、家庭内でのワンオペ介護、ましてや奥さまも、要介護1の状況でありながら、徘徊に注意して、寝ずの番でちょっとウトウトした時に出ていった時の事故です。
その状況で、誰が監督責任を負えたのでしょう。裁判官でさえその介護の過酷さを聴くまで知りませんでした。
認知症の症状は、その先が大変なのです。
私的には、9年介護していますが、進行が遅いようなので、まだまだだとは思いますが。
私ももう一段階進んだらワンオペでは無理なので施設にお願いしようかと思います。
特養がどんなところかはっきりとは知りません。殆どの人が、介護している方でも、特養に入れようと探す時まで殆どの人が知らないと思います。
介護報酬も、醜い大変なところは知らずに、数値を視てこの程度なら、訪問介護費用減らしてもいいよねになってしまいました。おかげで退職される方も増え、本当は、もっと支えてあげたいのに人手不足で倒産する所も増えました。その負担は、家族にかかります。
介護の現場が、どんなに過酷かも分からず、表面上だけ、それも例えるなら若年性認知症の方とか初期症状が認知症だと言われて、共に生きようと言われても、ちょっと首をひねってしまいました。
今さらですが、新しい認知症観が、意図する事を改めて聞いてみたい気がしました。
みんなの理解があっての介護です、それをみんなで勉強してこそ認知症観ではないでしょうか。
愚痴を言ってすみません。まだ、認知症介護については、まだまだ初期で勉強中の若輩者が何を言うと言われそうですが、新聞に掲載された記事にずっと凄く引っかかってしまいました。
認知症の症状と介護の現場を皆さまに知って欲しいのです。
それも初期の認知症だけでなく、もっと深く知って欲しいのです。
皆さまは、新しい認知症観と共生社会について、どう思われますか。
ご訪問いただきありがとうございます。
今回も、愚痴ブログで失礼致しました。ちょっとイラとするとついもの言いがきつくなりまして、失礼致しました。
まとまりのない拙い文をお読みいただきありがとうございます。
さて、今日1日が皆さまにとって笑顔の多い日になります様に。