色気も素気もない」の素っ気って・・・そのものを思わせる何ほどかの要素(におい)だって。
これって信仰者には必要なものかも(素気)。
愛とは・・・思いやる事ではない、親切にする事ではない、助ける事でも、祈ることでもない。
愛するとは、自分にとって果てしなく厳しい試練のようなものであるかもしれない。
戦う力のない人は、誰かを愛する事が出来ない・・・
愛し始めた時、もう既に自分との戦いが始まっている。
ひとつひとつ余計なものを捨てていって、最後に残ったものが「愛」なら、神はその人のうちにいるだろうと思う。
「私を封印のようにあなたの心臓の上に、封印のようにあなたの腕につけてください。愛は死のように強く、ねたみはよみのように激しいからです。その炎は火の炎、すさまじい炎です。大水もその愛を消すことができません。洪水も押し流すことができません。もし、人が愛を得ようとして、自分の財産をことごとく与えても、ただのさげすみしか得られません。(雅歌8:6、7)」
「たとい山々が移り、丘が動いても、わたしの変わらぬ愛はあなたから移らず、わたしの平和の契約は動かない。・・・・苦しめられ、もてあそばれて、慰められなかった女よ。見よ。わたしはあなたの石をアンチモニーでおおい、サファイヤであなたの基を定め、あなたの塔をルビーにし、あなたの門を紅玉にし、あなたの境をすべて宝石にする。(イザヤ:54:10~12)」