「笑い」について・・・
実は高校生のころ、友人の一人が突然言い出したのです。
「笑うって、どう言う感情から沸き起こるのか。」って
。友人が言うには、“面白い”とか“おかしい”とかって言う感情の根源は、
“くだらない”だって言うんです。
「なるほど・・・。でも、喜びや嬉しさの感情表現でもあるけど。」っと、その時は思いました。
今考えてみると、喜び、嬉しさに感極まると「笑い」よりも、「泣き」ますよね・・・。
『心を尽くし、精神を尽くし~』の箇所から、心と精神の違いを・・・
心=人間の知的、情意的な精神機能をつかさどる働き。「からだ」や「もの」と対立する概念として用いられ、 また、比喩的に、いろいろな事物の、人間の心に相当するものにも用いられる。精神。魂。
精神=1心。また、心の働き。肉体に対し、形而上的な働きをする実体としての心。 2物質的なものを超越した霊妙な実在。たましい。霊魂。3物事に執着する気持。 目的を達成しようとする心の働き。気力。(国語大辞典(新装版)小学館 1988)
と、なっていました。私がこれ以上ここでコメントすると頭の弱さを暴露してしまうのでそれは避けます・・・
っで、精神を検索していてこんな記事も見つけました。「健全(けんぜん)なる精神(せいしん)は 健全なる身体(しんたい)に宿(やど)る」~からだが健康であれば、精神もそれに伴って健康である。 ローマの詩人ユウェナーリスの「風刺詩」から出たことば。詩中の本来の意味は、 「健全なる身体に健全なる精神があるように祈るべきである」というもの。 (故事ことわざの辞典 小学館 1986.)ここで言われている「健全」というのは、決して五体満足な健全さではなくて、 神の目に喜ばしいものである健全さではないかと思いました。でも、何で日本人はこんな訳し方をするんでしょう・・・・?
私は徒党を組むと言うことが嫌いです。特に女は2人、3人と人数が増えていくとどうも歩くべき道すら 逸脱してしまいやすい傾向にあります。集まりの最中でも「石を投げて届くほどの所」ほどの距離をおいて 心を静める精神的なスペースが、どうも私には必要なようです。