長男が中学1年の2学期後半から徐々に不登校になり
中学2年になっても引き続き登校できずにいた頃....

主人の出勤時間が部署の異動により変わりました。
今までは平日朝から夕方まで勤務(残業あり)だったのが、
週に何日かは夜勤のため、夕方出勤、
夜勤した翌日は仕事は休みで1日家にいる
.....という勤務の仕方になりました。


長男は大体、午後からサッカーをするために、近くの公園に行ってたので、主人もそれに付き合うようになりました。

もし、普通に登校していたら、父と子供がこんな風に長く過ごす時間なんて持てなかったはず。
これは、これで良かったな、と思いました。
サッカーを長男とやるうちに主人も長男と
一緒になって海外のサッカーの試合を見るように
なりました。

サッカーやったり、夜中に放送されるサッカーの試合を
大きな声で騒ぎながら見たり、
(海外の試合のため、時差があり真夜中に観てる)
こんなに元気なら登校すれば良いのにな...と何度も
思いましたが、そこはぐっと堪えて何も言いませんでした。

とりあえず長男が楽しく毎日を過ごしてくれればか良いかな、と思うようにしました。

中学2年になり、長男は相変わらず、なかなか登校せず
何をしてるか、といえば、寝てるか、
テレビゲームをしてるか、サッカーをしてるか、のいずれか。

私の幼なじみ(県外在住)が長男のことを心配して、
たまに連絡をくれました。

彼女も二人の子供を持つお母さん。
彼女の子供は私の長男よりも5つくらい年上なので、
先輩ママになります。

長男が体調悪くほとんど登校出来ないこと、
起立性調節障害の話をその都度説明してましたが、
実際に我が子が、そういう状況にならないと
理解してもらえなくて、たいてい彼女から言われる
アドバイスが

「とりあえず無理やりいかせればいいじゃん。
行けばなんとかなるよ。うちの子達も多少の体調不良なら無理やりいかせてるよ。そしたら、1日過ごして帰宅するよ」

とのこと。

今まで長男は頑張って登校して、体調悪くて
保健室に行って、
保健室は1時間で追い出され、
また再び体調が悪いまま教室へ行って...
やはり体調悪くて早退......という状態だったので

彼女の悪気ない言葉ではあるのだけど、
言われてとても悲しくなりました。

所詮、起立性調節障害は、周りになかなか理解してもらえないんだな....と。

長男の祖母(私にとっては義母)も、起立性調節障害について
何度話しても理解してもらえませんでした。

学校へ行きたくても体調が悪くていけないのに、
何度話しても、長男が学校へ行きたくないから
行かない、と思い込まれてしまい
いろいろとこうしろ、ああしろ、と言われて
とても辛い思いをしました。

何度説明してもわかってくれないなら、
余計なことを言ってくれるな!!と腹が立ちました。

そんなことも重なり、私は友人や、長男の同級生の親、
祖母などなるべく会わないようにしていました。
中学一年の修了式を迎え、いただいた通知表は
成績がガタ落ちでした。
体調が悪くて、試験勉強があまり出来なかった、課題を提出しなかったなど...仕方がありませんでした。

そのまま春休みに突入し、同級生達も部活以外で登校することはないため、
私も気分的に気が楽でした。
このまま新学年を迎え、4月から長男も心機一転スタートできたら良いな、と思いました。

しかし、4月がきたからと言って、長男の体調が良くなるはずもなく、体調の悪いままスタートを迎えました。

中学2年初日、なんとか朝から登校しました。
クラス替えなど普段と雰囲気も違うせいか、
長男はくたくたになって帰宅しました。

私も1日目、登校した長男を見てほっとしました。
しかし、その後長男は体調が悪く、なかなか登校できませんでした。

私の主人も仕事から帰ると、新学年になったし、学校へ登校できてるのか気になるようで、帰宅するたびに長男に

「学校行った?」

と聞いていました。
長男はそれがとてもストレスだったようで、私に

「毎日、学校行ったか聞くなやめてほしい。
すごくストレス」

と訴えてきました。
それ以来、私も主人も登校したかどうか、
聞くのをやめました。

クラス写真も、結局参加できず、別日に写真館へ行き
長男一人だけ撮影しました。
出来上がったクラス写真は左上の方に長男の顔だけポツンと写ったもの。
長男はそれを見て、

「目立つからやだな〜。無理してでも、写真の日に
行けばよかった...」

と言ってました。

私的には、これはこれで、良い経験になったのでは?と思い長男にそう言いました。
嫌なことや辛いことがあっでも、全てをプラスに
捉える!!

とにかく、長男が毎日楽しく過ごせるように
温かく見守ろうと思いました。

長男は体を動かすことが大好きな子でした。
小学校の頃は習い事のない日以外は、必ず外で走り回って遊んでいました。

起立性調節障害と診断されてから、朝起きれなくなり部屋で寝てることが多くなりましたが、動けるときはなるべく動くようにしていました。

今現在長男は20歳ですが、中学の頃から今も続いてるのが、お風呂に入る前の筋トレ。
腕立てや、腹筋、スクワットなど、自分で決めた回数をこなしていました。

もちろん体調の悪いときはやらない日もありましたが、ほぼ毎日やっていました。

そして、動けるときは家の前の道や、近所の公園でサッカーをして走り回っていました。
そんな元気があるなら登校してくれればいいのに、と思ったのですが
本人曰く、気分が悪いからあえて、無理して体を動かしてやってるだけで、登校するのは体が辛い....とのこと。
(私には分からない感覚です( ̄▽ ̄;))

サッカーをそのように、何日かやり始めた頃、長男が

「部活だけ参加できないかなあ....」

と言いました。
とにかく、サッカーが好きで、サッカーをやりたかったようです。

私はダメ元で、部活だけ参加出来ないか、担任に相談しました。
すると、すんなりOKが出ました。
部活をきっかけに、少しでも登校できればいい、とのことでした。

OKが出たので、行けそうな時から部活だけ登校し始めましたが.....

やはり、起立性調節障害のことを理解してない子も多く、長男の部活だけの登校をよく思わない同級生の子も何人かいたようです。

以前に起立性調節障害について簡単に説明した紙をクラスの子と部活の子達に渡してもらっていましたが、理解してないのか、読んでいないのか....

「学校サボれていいな」

「サッカーできるなら授業来れるじゃん」

「不登校野郎!」

など、いろいろ言われて嫌な思いをしたようです。

ちなみに、この陰口は長男が高校生になった時に
私は初めて知りました。
長男の中学当時、私はそんなこと言われてることを知らず
(言われる可能性はあると思ってましたが...)
部活に通う長男を見守っていました。

温かく、見守ってくれる部員の子もいたようですが、
陰口を言われることがやはり、辛かったようです。

たまに練習に参加する程度で、中学対抗の試合などには参加することはありませんでした。


長男が起立性調節障害と診断され、学校を休んでばかりの頃は、体を治すためのことばかりインターネットで調べていましたが、
休みが何日も続くと、勉強の遅れが気になるようになりました。

二学期までは塾へ行っていましたが、体調不良で通うのは無理なのでやめてしまいました。

小学校の頃、◯◯チャレンジと言う通信講座を取っていたことがありましたが、
自分から続けるのは難しく結局溜め込んでしまい、すぐにやめました。
そう言う経緯もあり、通信講座をとることに乗り気でありませんでした。しかし、学校に行けなくなってしまったからには、通信講座に頼るしかないと思い
◯◯ゼミを受講することにしました。

長男の小学生時に◯◯チャレンジを受けてたときと違って、タブレット端末がついてきて、映像授業を見られ、すごい進化だなあ、と当時は感動しました。

長男も小学校の頃とは違い、授業の遅れることへ不安があったようで、中学一年の間は真面目に毎月の添削指導問題を提出していました。

しかし、中学2年になると、体調が悪い日が多く、溜め込むようになり、一年契約した◯◯ゼミのテキストが新品のまま本棚に陳列する結果になりました。

お金が勿体なかったなあ、と今も思い出します。
次男がいるので、次男の時に使えればいいか、と思い直しましたが、次男も結局使わずじまい。

勿体ないことしました....が、当時はそれしか選択肢がなかった....見つからなかったので仕方がないですね。