ソウルから帰ってきて、バタバタとすることがあって、なんとか三連休に入ったんだけど、
身体も心も落ちつかないそんな感じで過ごしています。
ソウルから帰ってすぐ、父の施設から連絡あり。
誤嚥性肺炎で2回目の入院をして退院、その後やはり誤嚥を繰返し、
食べ物が流動食から点滴になっていたのですが、点滴ももう入りにくくなっており、
レビー小体型認知症の末期であると。
そこで今後延命治療をするかどうかの話をされました。
前から母と話をしていて、元気になるわけでもなし、ただ生かされているだけならば、
それは本人も望んでいないだろうと、延命治療はしないでおこうと。
で、同意書を書いた時に、「看取り」のことについての話もありました。
アンケートもいただき、
「葬儀社は決まっているか。」
「亡くなった後は、自宅か葬儀場どちらを希望するか。」
などなど。
わかっていたことだけど、改めてそんなことを決めるのかと思うと、ちょっとドキドキ、
怖くなってきました。
ほんと、いよいよなんだな・・・・・と。
入所した当時、今からまだ7ヶ月前のことだけど、
食欲もあって顔色も良くって、ここに入って良かったなーと思ってたのに、
あっという間にこんなことになって、つい、この間までニコニコしてくれてたのにと思うと
嘘のようだけど、レビー小体型認知症は進行が早いそうです。
11日に母を連れて施設に行った時は、眠っていて、呼びかけても目も開けられない、
もちろん母が来た事もわからない、そんな状態だったので、母もあきらめがついたようで、
「私が看取らないと・・・・と思ってたから、私も肩の荷が下りる。」と言ったので、
母の気持ちも固まって良かったと思っていたら、翌朝
「今日はお父さんのお通夜するんやんな?」って電話をしてきて、
「いやいや、まだ死んでないって。」
母の認知症もすごい勢いで進んでいて、かなりやばいので
今の私は父よりも母の今後が心配になってきています。
そして、私が頼りにできるのは姉夫婦だけなのに、なんと
8日の日に義兄は釣りに行って転んで頭を打って、頭蓋骨にヒビが入って入院したと。
えーなんでこんな時に💦
あまりにも役に立たなさすぎてもう・・・・・・・・( 。-_-。)
娘の喪服は少し前に買ってあったけど、そういえば数珠がない!ってことで
昨日買いに行って、葬儀社も決めてきて、
遺影用の父の写真を探したり、出来ることを始めました。
結婚式のように日取りを決められないので、出来ることは限られているけど、
仕事もしているし、休みのうちに出来ることを・・・・・と思うと、なんか気持ちが焦ります。
そして、私の腰、注射の効き目もなくなってきたのかまた痛み出して。
前回ちょっと痛いなーって感じから、ソファーから立ち上がった瞬間の激痛、あの恐ろしさを
また経験することになったらどうしようと思うと、怖くてソファーに座れないし。
ぐんちゃんのPLANETは21日に泊りで行くとこにしていました。
でも、長時間の新幹線も辛いしなーと思っているところに、父が生きるか死ぬかの瀬戸際💦
ホテルは取ってもらった友達にお願いしてキャンセルしました。
ご飯も予約してもらって楽しみにしてたけど、
東京にはいつでも行ける、イベントは見れないけど、ぐんちゃんに会えるわけでもないし、
それと比べて、父にはもう二度と会えなくなるんだし。
もしかしたら持ち堪えるかもしれないけど、一旦東京に行ってしまうと帰るのに5時間くらい
かかってしまうし、あきらめはつきました。
行かれる方は、どうかどうか、チャングンソクの名前を汚すことのないよう、
マナーはきちんとお願いします。
そして、私の腰は歩くのは大丈夫だけど、重たい物を持つとほんとに腰に堪えるんです。
1週間仕事をして感じたのは、肉体労働ではない事務職だけど、書類も結構重たい物もあって、
誰かに頼めるもんでもない。
今まで3つ1度に運んでいた物を1つづつ、とかにしているけど、それでも辛いです。
でも、自分の腰が痛いからって、「これをあそこに運んで。」なんて言えないじゃないですか。
今後、仕事を続けて行けるのかも不安になってきました。
旅行もみんなのお荷物になるかと思うと(T^T)
健康であることの大切さを改めて感じます。
元気じゃないと親を看取ることすら出来ないんだもん。
毎晩湯船に浸かって腰を温めて、たくさん歩いて、重たい物は持てなくてもそれ以外のことは
普通に出来るように、体力作りもがんばろう。
朝ご飯も毎日作って食べる。
それも続けたいことの一つです。