箕面のお葬式屋さんNAOです。

今日はうちの父を勝手に紹介します。
父は、自意識過剰でへらへらしてて
行きすぎと怒られても行きまくるほどゴルフが大好きで
体を気遣えと言ってもお酒も煙草も止めないオッサンです。

でも、最高の父親です。

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私の母は、13年前に病気で他界しました。
幼稚園のときに意識不明になり、私と兄はその頃から祖父母の家で育てられました。
小学校2年生のときに、母は意識が一度も戻らないまま亡くなりました。
でも、父がいたから寂しいと思ったことはありませんでした。
仕事をして、帰ってきてから遊んでくれてたし、休みの日も遊んでくれたから
父は、いっぱい色んなことを我慢してくれてたと思います。

高校のとき、公立校に進学したのに部活のため訳あって私立に転校したいと言った私に、
「お金はお父さんが何とかするから、自分がしたいようにしなさい」
と言ってくれました。

部活で大した結果は出せなかったけど、転校したその年にキャプテンに選ばれる等、願い通り部活に励むいい学校生活を送ることが出来ました。

卒業後の進路、最終的に大学に進学するという考えは私にはありませんでした。

高校で金銭的に負担をかけたから、大学には行かず、働こう。
でも学校で斡旋される仕事はどこかの工場、飲食店…もっと、高卒でもお父さんが誇れるような仕事はないかな。

そんなとき、職業一覧の分厚い本を手に取り、パッとめくったページにあった【警察官】の文字。
高卒で試験が受けられる、これならお父さんも誇りに思ってくれる!

そこからは必死で勉強しました。部員の少ない後輩の練習相手になりながら、炎天下の校庭に机を出して勉強したこともありました。

一次試験に受かっただけなのに、父は職場で「子供が警察官の試験に受かった!」と言いふらし…
そんなこともあり、合格したときはめちゃくちゃホッとしました。(笑)


これからが親孝行、だったのに私は父から離れて暮らし、仕事の忙しさもあって段々と父と連絡を取ることも少なくなりました。
たまに、どちらともなく「生きてるか。」って電話するだけ。

今思えば、何してたんかなーって、もっと色んなこと話せばよかったなって思います。

その後、父は再婚しました。母となった人のことを私は「マミー」と呼んでいます。
マミーのおかげで、兄も含めて家族と連絡を取り合う機会が増えました。
マミーのおかげで父は今幸せだと思います。

家族との時間が増え、改めて自分が父のこと、家族のことが大好きだと気が付きました。

色々思うところがあり、警察を退職することを決意しました。父の誇りになりたくて選んだ警察官。天職でした。

でも、自分に正直に生きるために違う道を選びました。
辞めると決めてから父に言うと、反対もせず、以前と同じように自分を信じ、
「よく頑張ったな。」
ってそれだけを言ってくれました。
本当に、最高の父親だと思いました。


父に恩返しをしたいはずが、今は正直迷惑をかけっぱなしです…。
まだまだかけてしまうと思います…。

でも、夢が見つかったから頑張りたい。
何年かかっても。

父があっての私の人生です。

親孝行、もうちょっと待ってもらいます。笑

だから、
       長生きしてや、お父さん。






父への手紙みたいになりましたが、長々と読んで頂いた方、感謝いたしますm(._.)m
要は、だから今の仕事に一生懸命取り組む。いい加減な仕事をしないという熱意を伝えたい訳です。
次回はもっと面白い記事書きますので、是非また読んでやってください。笑






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