臨床美術について、
普通、人は絵を描こうとするとき自分の記憶にある物を下に書きます。
りんごの絵を描くならリンゴを思い浮かべて。
ただその時に、
大まかなリンゴの形と色しか浮かべないで書くのと、、
リンゴの質感やどんな時に採れたリンゴなのかとか、甘いのか甘くないのかとかまで想像するのとでは、それでまったく違う絵が出来上がります。
要するに、絵に味があるかないかってことです。
臨床美術っていうのは、そのものの形を描くことに捉われるのでなく、自分がそれに対しての感じ方や考え方で描くもの…
らしいです!!←←
実は、今朝、仕度しながら見ていたテレビ(TBSのからだの気持ち)の話なんで、うろ覚えです(苦笑)
録画したからまた後からちゃんと見ますが(気になったものは残しておく癖あり)
で、思ったのが、
たぶん自分はいつも絵を描くときに臨床美術に近いのかなって。
頭の中で人飼ってるようなものなんで(笑)←
表情はそれでも、あともう少し布地とか髪質とか想像できればいいんですがね…布の種類とかいつも考えながらとか(笑)
視野広げて考えると、漫画とかも臨床美術の応用編みたいなものな気がする。
だって、キャラクターのキャラ性や特徴や見た目以外にも性格から出る雰囲気まで想像しながらキャラの表情作ったりするから。
そんな、偶然にも今日は調度良い内容でした。
なぜかと「自分の絵」について考えていたところだったからです。
きっかけは自分がもう6年ぐらい前から好きでブログにも足を運ばせてもらってる絵かきさんのブログからでした。
きっかけがないと自分の中でなんとなくしか考えない、思ってないので(逆に常に思ってるからってのもあるけど)
ちゃんと意志を描くのも気持ちがしまって良いかなと思い書いてみました(便乗失礼します(^^;))
私は自分の絵は、だいたい描き終えて、次の絵に入るころには駄目な点をあげて、次の次の絵に入るころには先入観なく客観的にみれたらいいなーと思いながら見返します。
満足は常にしてない。
技術も表現力も、まだまだ上にいきたいから。
これは、庭師で設計デザインをし芸術大好きな父親と、彫刻家のおじさんに昔から、
「現状に満足するな、自分の限界もつくるな、作ったらそこから先には終わりしかない。常に上を目指せ。上がなければ探せ。そうすれば書き続けられる」
って感じのことを、耳にたこが出来そうなほど叩き込まれたので、なんだか満足しないことが条件反射みたいになってる(笑)
でも気持ちだけ上にいこうとして、描くスピードが新しく取り入れた感性や発想とかに追いついてないっていうのもありますし、
それ以前にやっぱり技術的面でも満足いかないです。
粗見つけるが早いです。
客観的に見ると更に「ぅあ~…凹」ってなるぐらいに。
あとは過去よくやったのが
人(目標の人とか)のと並べて、画力もだけど、インパクトとか同じ画面に置いたら力負けするかとか
↑これは単なる負けず嫌いなだけ(苦笑)
でも、目標をただの目標で終わらせたくないから。
技術や絵にかけてる気合とか、魂とか。引き込むかどうかだとかで。
要は感受。それが客観的にみてどうかって…自分で書いてるのに客観とか難しいけど、見れると信じて見てます(笑)
そしてだいたい凹む→頑張るぞー!!ってなってます。
負けず嫌いっていっても勝ち負けは自分の絵に対しての心のモチベーションで負けたなーって思うから、それでの負けず嫌い。
絵って心で描くと思うし。
やっぱり絵には描く人の性格や人間性や気持ちが凄い出るし感じる。
だから私なりの観点でみて臨床美術だろうなと思ったわけです。
もちろん、絵に限らずな話だけど。
字とかもそうだし。
それらを考えると、私の絵っていろんな物取り入れてみたい・試してみたいっていう本人の好奇心旺盛な性格が絵の変化に出てるなっていう(笑)
悪い意味で地に足がついてない←
でも、何年もみてきた人には根本的な雰囲気は変わらないって言われますね。たぶんそれが人間性の現れ。
だから逆の意識で、自分って人間を磨けばそれが絵を描く意識や表現の豊さにも繋がるかも!!
と思い立って、以前にも増して気持ちから入ろうかと思う日々です。
引っ越しで絵かけてないんですがね!(T∀T;) ←
手が動かないから口が動いた自分でした(苦笑)
