3年間のシンクロライフ | Inside Edge 

3年間のシンクロライフ




 
娘がシンクロをしていた時の、思い出話を・・・
 
シンクロを始めたのは8歳半で、所属していたクラブにチームがあって、トライアウトに誘われて、あまり深く考えずにいってみたのが始まりでした。
娘はやりたがっていたのですが、一つ躊躇したのは、その練習時間でした。
 
週末に早朝5時起床で6時からの練習が、9月から4月の半ばまで・・・
私は朝方ではなかったので、無理だと思ったのですが、どうしてGoサインを出したのか今でも分かりません。
 
2年間は、コーチがあまりシンクロを知らない人で、どの大会に行っても惨敗で、ナショナルにも行けませんでした。
3年目に、コーチが変わって、私たちもこの辺りが潮時かなと思って、チーム入りを見送ったのですが、娘が一番仲良くしていた友達が寂しがったのと、メンバーが20人に足りていなかったこともあって、新コーチからの依頼もあってシーズン途中に戻ることにしました。
 
3年目の秋から冬は、土日が5時起きになって、夜型の私にはひじょぉ~~~~に辛かったのですが、でも新コーチにアイスダンスのコーチやバレエレッスンも取りいれ、万全の新体制で過去の2年間では見られなかったチームの上達を目の当たりに出来たのはとてもエキサイティングな1年でした。
ナショナルには一歩届かなかなかったんですけどね。
 
そのコーチが、カナダ国籍で、運悪く9・11の影響を受けてビザが取れず、あえなく帰国となりチームを去り・・・私たちもそれを機にすっかり足を洗ってしまいました。
そのコーチは、スウェーデンで1年だけコーチをしていたのですが、1年でチームを世界選手権へと連れて行ったという実績があり、本人も若い頃にカナダの名門シンクロチームに所属して、シンクロと言うものをトコトン知っている人でした。
 
シンクロのスケーティングだけでなく、普段の立ち居振る舞いや態度、バスに乗るときの座席にまでルールがあって、気を配る人だったので、厳しかったのですが、彼女の指導の下でシンクロを学べたのはとても良い経験になりました。
 
彼女がまだチームに残ってくれていたら、多少無理をしてでもシンクロをあと2,3年やっていたかもしれません。
 
シンクロは、これからの2ヶ月がトライアウトのシーズン真っ盛りです。
 
娘が3年間一緒にスケートしたチームメイトたちも、まだ大半が続けています。
昨年と今年、2年連続で全米選手権に出場したので、次のシーズンには、チームの数が増えるかもしれません。
 
今年も応援するだけですが、また見守っていきたいと思っています。