科学が教えてくれる、「わかりあえない」ことの尊さ
伊与原新さんの『宙(そら)わたる教室』は、科学と人の心をやさしくつなぐ、温かな連作短編集です。舞台はある地方都市の高校。
その理科準備室には、かつて宇宙物理学を志しながら夢をあきらめた男性教師がいます。
彼が担当するのは、「科学が苦手」な生徒たちのための補習授業。けれどそこには、ただの勉強以上の学びと気づきが詰まっているのです。
物理、化学、生物、地学……どの教科も、難解でとっつきにくく感じられがちです。
けれどこの物語では、科学を通じて人の心や過去にそっと寄り添う優しさが描かれています。
まるで、宙に手をのばすような不確かさの中にも、確かなつながりが見えてくる――そんな読後感を与えてくれる作品です。
補習という名の、心の対話
物語は、毎回1人ずつ生徒を主人公にした短編の連作形式で構成されています。いじめ、家庭の問題、進路の不安――それぞれの生徒が抱える悩みや孤独は決して軽いものではありません。
しかし、理科準備室という静かな場所で、科学の法則や自然のふしぎを通して語られる言葉が、生徒たちの心に静かに沁みこんでいきます。
教師は決して説教じみたことは言いません。ただ、「世界はすべてわかり合えなくても成り立っている」ということを、科学の見方でそっと伝えていくのです。
宙(そら)を見上げるような、やさしい希望
本作のタイトルにもある「宙(そら)」という言葉には、不確かな未来や人との距離、そして希望へのまなざしが込められています。
わかりあえないことは、決して絶望ではなく、むしろ世界を広げるきっかけになる――それが本作の大きなテーマです。
科学とは、理論や数式だけでできているわけではありません。人の思いや、真実を知ろうとする姿勢そのものが科学的である、という本作のまなざしは、現代を生きるすべての人に響くはずです。
おわりに
知ることは、誰かを思うこと『宙わたる教室』は、科学というテーマを通じて、人との向き合い方や、自分の中の迷いにどう折り合いをつけるかをやさしく問いかけてくる作品です。
理系の知識がなくても、心にすっと入ってくる描写と物語構成。読み終えたあとには、自分の身のまわりの世界が少し違って見えてくるかもしれません。
科学と文学がこんなふうに重なることができる――その美しさをぜひ味わってみてください。