共感
こうして心が弱っていて、何かにすがりたいと思っている時に、信仰とか開運という言葉の魔力にハマって大金をつぎ込んでしまう人の気持ちが、今はよく分かる。
そうせざるをえなかった人の行動を否定するなんて、私には絶対に出来ない。
残ったひと
長男の学校からは、呆れられ見放されつつある。
交渉にのったことと、それにより起こる弊害についての覚悟がなさすぎると。
ふりだしに戻しましたね、あんなに頑張ってきたのになぜ?と。
次男の学校からは、人としてやってはいけないことをし、それを頑なに否定し続けてきたがようやく本人が認めたと。これが、今後の希望への第一歩になるよう助けていきたいと。
主人は、自分は納得していないものの、私の想いを汲んで諦めて受け入れをしたことで、長男が再び自堕落になっていることに苦しんでいる。
つまり、私が「それでも息子を信じたい」と思い彼の要求を受け入れることに決めたせいで、周りの信頼を失い、息子たちの理性を失い、自律など程遠い自由人に仕立ててしまった、ということ。
もう、誰も私のことを助けたいとは思わないだろう。
残ったのは、私に同情し、死なないように支えようとしてくれる友達数人。
もう、死んでもいいよねと思う。
見ても誰だか分からないくらい、グチャグチャになるのがいいのかもと思う。
人生の終わり方
人に迷惑をかけるのが一番嫌い。
なるべく誰にも迷惑をかけずに…
でも無理なので最小限の人への迷惑で済むように…
何がいいだろうか?と、考える気力がないうちは大丈夫。
考える隙間が出来た時が危険。
飛び降りも飛び込みも無理
たくさん薬を飲むのも無理
刺すのも無理
毒も無理
願わくば、もらい事故。