しっぽの気持ち:成熟した姿示そう=渡辺眞子
毎日新聞 2012年11月13日 東京朝刊
ペットを飼いたいと考える人の多くは、ペットショップを思い浮かべるのだろう。かつてのわたしが、そうだったように。
店頭に展示された子犬や子猫は愛らしく、見ているだけで楽しい。この幼い生き物たち全部に買い手が現れるだろうかとか、すべて最期の瞬間まで家族として愛されるだろうかという疑問がよぎっても、深く考えることを避けていた。
純血種を否定するわけではない。でも映画やテレビのコマーシャルがきっかけとなり、ひとつの犬種がはやると、誰も彼もがこぞって同じ姿形をした犬を求める現象には違和感を覚える。
流行には必ず終わりがあり、飽きてしまったハンドバッグを手放すように、人はペットを簡単に遺棄する。
そして自治体の動物保護収容の施設には、かつて熱烈にもてはやされた犬たちが、不安な瞳で誰かを待っている。
純血種の繁殖を否定するわけではない。しかし、最低限の管理すらできないほどの頭数を扱い、非衛生的な場所で、母体の健康を無視した繁殖に明け暮れる業者が存在する現状を許してはならない。
昨今の不況の波を受けて業者が破綻すれば、助けに入るのは民間団体やボランティアたちだ。
繁殖の道具として酷使されてきた動物たちを救済したい気持ちは大きいものの、それは業者を助けることでもあるとのジレンマがつきまとう。
動物愛護の先進諸国では、店先に生体を置くことはせず、フードやおもちゃ類といった関連グッズのみを扱うペットショップが増えている。
特定の純血種がほしい人は、その種類の性質や特性を知り尽くして計画的な繁殖を行うプロのブリーダーのところに向かい、親たちと飼育環境を見た上で、次回に生まれるタイミングまで待つのだ。
また、「ペットを家族に迎えたい」と考えた市民が最初に思い浮かべるのは、保護された動物のシェルターだという背景がある。
翻って、ペット大国と呼ばれる日本に住むわたしたちは、どうだろう?
安っぽいブームに踊らされることなく、成熟した姿を示したいものだ。ペットは「かわいい」「癒やされる」だけの存在でなく、どんなときも一緒に生きる家族なのだから。(作家)
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