人みなそれぞれに 自分の基準と自分の価値観とそこから発生する思考 がある。
これまでの経験から生まれた基準、その結果育まれた価値観、そして思考。
行動による成功体験の多い人は、それを元にした基準価値観思考を持っている。
そうでない人は、それを元にした基準価値観思考を持っている。
私が嫌だと思うことを旦那は嫌だと思わないし
旦那が嫌だと思うことを私は嫌だと思わない。
これも、基準と価値観の違いからきているだろうと考えてる。
と、なんかややこしいこと書くのはやめて。
双極性障害と共に生きている旦那を私は否定しない。
気落ちする事は、双極性障害ではない私にだってあるし
行動スイッチがONにならず、まるで重りがついたように体が動かない日もある。
そうかと思ったら、昨日一昨日のあれはなんだったんだくらいテンション高い日も。
あ、今日誰とも喋りたくねーやって日はもっぱらヘッドホンでyoutube&曲聞きまくって外部遮断してみたり。
だから、旦那にそういう日があったって、「障害特有の」ではない、と解釈するようにしてる。
自分にもそういったことがあるのと同じ。何ら変わらないのだ。
けども、俗にいう躁状態。今ってその状態か?と思った時は、旦那にそれをしっかり伝える。
私の旦那の良い所(なんて言い方変かもしれないけど)は、伝えたらちゃんと自分自身と向き合うこと。
といっても、反発反感食らってトゲトゲをぶちかまされることもざらにあるけど。
で、この時に大事になってくるのが、冒頭で述べた「基準と価値観と思考」
双極性障害の一番辛い時を知らない私は、辛い時に生まれた基準と価値観、思考を知らない。
その時にどれだけ大変だったかを伝えてくれる、旦那自身や周囲の口頭でイメージしていくしかない。
辛かったっていうこれらを私は否定できないし、大げさな、とかだって思えない。
もうあんな辛い思いをしたくない、にできる限り寄り添うのが、唯一私に出来ること。
ぶつかり合いは避けられない。障害があるからとかじゃなく、私たちが 人間同士 だから。
私の基準価値観思考。旦那の基準価値観思考。私たち以外の人たちの基準価値観思考。
一方だけを尊重するのではなく、互いが尊重しあえる関係を築き上げていくこと。
病気障害関係なく「その人が持ち合わせている基準価値観」なんてながーく付き合ってかないとわからない。
これは障害のせいだ!障害が原因だ!だからこんなぶつかり合いに発展したんだ!とは思わないこと。
意味の分からない、しかもまとまりのないことをつらつらと書いてしまった。
同じように、パートナーの障害と向き合い日々生活していらっしゃる方(※DVは即逃げて下さい)
難しいことだけれど、どっしり構えて、向き合うべき時は向き合い、それ以外の時はふふーんと流して、
ぼろかす言われても「あ、今コントロール出来なくなってるな(ニヤリ」と思えるように、まずは自分の余裕を確保しましょ。
障害、厄介だけど厄介じゃない。
これ、矛盾してるけど矛盾してないっていう不思議な状態。