2022年夏頃に変形性股関節症を患い、2024年8月29日に船橋整形外科西船クリニックで診察、
その日に敏腕医師より手術を即提案され、2024年10月23日に船橋整形外科で人工股関節置換術を受け、
術後4か月目に突入した。自主リハビリは一日1回すらもできなくなるくらい、仕事が忙しい。
1日を生きるのもいっぱいいっぱい、本当に毎日が大変だが、精いっぱい生きている。
右の股関節にはいまだに何かが挟まっている感じがあり、最悪なのは手術していない左の股関節に痛みが出てきたことだ。
一旦終わりにしようと思っていた通院リハビリを再開し、3か月おきの診察を継続することを決意した。
2月よりホットヨガを再開、「Hogrel」という動的ストレッチマシンを導入しているスポーツジムに入会したのがここ数日のできごとだが、この話はまた後日にしたい。
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今回からは、入院中のできごとをつらつらと書き綴ってみる。
2024年10月22日 入院一日目、手術前日。
夫と一緒に病院へ。荷物はスーツケースに詰め込んだ。
13時に入院の手続きが始まり、病室フロア内の休憩室で看護師さんから全体説明を受ける。
入院期間中のスケジュールが渡され、退院するまで一日ごとに一つ一つの項目ごとにチェックができるようになっている。
これもまたTODOリストと同じだ。
退院までの道のりも明確であり、毎日チェックして終わらせていけるのは、目標も明確でスッキリした気持ちになるだろう。
お部屋に入室したら、夫はじゃあね、と言ってあっさりと去っていった。
家族は面会謝絶となっており、術日も来ないし、術後連絡は携帯へ一報とのこと。
韓ドラのように手術前のベッドでお別れシーンがないのは、ちょっと寂しい。
荷物を全部出して部屋作りに勤しんでいたら、リハビリの先生が登場。
術後、一日2回受けることになるマンツーリハビリについて説明。
リハビリの先生もスーパードクター同様にイケメンだし、優しそうだし、私は恵まれている。
続いて、麻酔科Dr.が登場。全身麻酔について説明を受ける。
私:「先生、吐き気しないように麻酔してほしいです。」
麻酔科Dr.:「個人差がありますからそれはなんとも、、、。」
私:「全身麻酔ほど、死ぬほど過酷なことはないと会社の上司に言われたんです。」
麻酔科Dr.:「全く大丈夫な人もいますよ。」
個室を獲得できたので、いそいそと部屋の空間づくりが始まる。
クッションをベッドに並べたり、ヨガマットを床に敷いたり(全くの無意味だったが)、
同僚からいただいたお守りとハチワレを設置、
デスクワークができるようにPCと資料を設置、
寝ながら韓ドラが見られるようにベッド用デスクにタブレットを設置、
飲み物はハーブティ‐パックを数種類用意し、無印良品のマグカップを設置、
ごはんを美味しくするふりかけや韓国のりを数種用意、
アロマスプレーをふりまき、癒しの香りに包まれる空間を作り込んだ。
看護師さん:「ちょっとちょっと、モノが多すぎます、片づけなさい!」
私:「え?」
看護師さん:「これじゃあ、毎日お部屋を掃除するのが大変です!これから医療器具も入っていくんですよ!」
私:「え?!分かりました…」
看護師さん:「そういえば、水は持ってきたのですか?」
私:「え?水?持ってきていないです。」
看護師さん:「術後は水を大量に飲むことになります。ペットボトル500mlを20本くらい用意しておいたほうがいいです」
いろいろと準備してきたはずなのに、最も大事な水を持ってきていないことで看護師さんに溜息をつかれてしまった。
同じフロアにある自販機に行き、「いろはす」のボタンを20回押し続けたのだった…。
初めての病食として夕食が来た。
栄養バランスもちゃんと考えられているし、味は薄めだがなかなか美味しい。
普段の食生活がひどいからかもしれないが。
あれ、ふりかけ、、、要らないんじゃないの?
この日は、全身麻酔後の吐き気が本当に怖くて、少しでも胃の中に食べ物を残さないようにと、
勝手な判断でほとんど食べなかった。
21時消灯、就寝時間が近づいてきた。
夕飯は18時だから、食べ終わってしまうと心が落ち着かない。
韓ドラを見る気にもなれない。
あー。やることないなーって個室内をうろうろしていたら、
突如、トントン、がらりと個室の扉があいた。
股関節の魔術師スーパードクター(主治医です)が来てくれた!
私:「おおおおお!先生!来てくれたんだ!」(心の叫び)
Dr.:「どう調子は?」
私:「変わらず、右の股関節は痛いです」
Dr.:「もうすぐ、痛みはなくなるから大丈夫。」
私:「先生、よろしくお願いいたします。」
深々と頭を下げてみた。
Dr.:「OK、じゃ、明日ね。15時くらいからね。」
もう少し雑談したかったが、あっさりと去っていった。
滞在時間は1分もなかった気がする。
それでも、超激務なスーパードクターが、わざわざ私の病室まで足を運んで声をかけてくれたことに感謝したい。





