こんばんは😀
私のブログをお読みいただき、ありがとうございます!

梅!
今回は小学生息子を見ていて思う、《子ども》のことです
息子はときどき学校を休んだり登校をしぶったりするのだけど
ときどきこんなこと言ってます
「学校変わりたい」
「みんなにいじわる言われるし、先生は厳しいし、誰もぼくの言うこと信じてくれないんだ」
そう言うときの息子の顔は本当に悲しそうで🥲
聞いてる私も胸が苦しくなる
話を聞きながら
本当にそんなにつらいのかな
本当に転校も考えたほうがいいのかな
そんなふうに考えることもある
でも別の日には
「今日さ、休み時間に思いっきりサッカーできてよかった!」
「今から児童館行ってくる!〇〇と約束した!」
「〇〇とサッカーする約束したから公園行ってくる!」
元気いっぱいの声でそう話す息子
あんなに悲しそうに「転校したい」と言っていた息子はどこ行った?ってくらいに
別人のように楽しそう🥹
息子を見てて、息子の話を聞いてて思う
子どもは《今、このとき》を生きているんだなあ
そのときそのときの息子のことばにウソはひとつもなくて
悲しいって言ってるときは本当にとっても悲しくて
転校したいって言うときは本気でそう思ってて
学校やめたいって言うときも
その瞬間は心からそう感じてるんだろうな
そして
楽しいって言うときは全身で全力で楽しんでて
どっちの息子のことばも本当
どっちも息子の《今、このとき》
私たち大人だって
社会のなかでいろんな経験をして
いろんな感情を抱きながら生きてる
理不尽さに腹が立つ日もあれば
何気ないことで幸せを感じる日もある
子どもも同じなんだろうね
子どもは
「今」の感情をまっすぐに
全身で全力で感じてる
だから揺れる
だから激しい
見ているこちらが不安になることもある
でもそれはきっと
「ちゃんと感じている」ってことなんだと思う
親としてできることは何だろうって考えると
未来を心配して先回りしようとすることでもなくて
揺れないようにいつも整えてあげることでもなくて
そのときの気持ちに
ただ寄り添うことなんだろうなあ
「そっか、つらかったんだね。」
「楽しかったんだね!」
その寄り添うことばをもって
子どもの《今》のそばにいること
私は今日も
全身全力で《今》を生きている息子のそばにいる🥹
公式LINEをやっています
よろしければご登録お待ちしています