母との距離は大きくなるばかり、ごくたまに娘の画像をメールしたりするくらいでした。家族が一緒に過ごさなければいけない感覚になるお盆や正月、親孝行しなければいけない誕生日や母の日、そうじゃない現実との違いに悲しくなります。
わたしは母を大切に思えない現実については、悲しいものだと思います。
しかし、母と離れるとイキイキするのも現実です。
父の二回目のお盆は帰省しませんでした。
父のお墓に行きたいという気持ちは特別ありません。お線香をあげたいという気持ちもありません。わたしは、その重要性を感じないのです。父はお墓でわたしを待ってはいません。断言できます。会いにきて欲しい、来てくれたら嬉しいという気持ちより、そんな事をさせてしまって申し訳ないという気持ちの方が強い人でした。お父さんの事は気にするな、心配するなといつも言っていたので。心配されるのが一番つらいというのは、母とは真逆です。

故人を偲ぶ方法は、十人十色じゃだめなのでしょうか。お経をあげてお線香をあげないと非国民のように思われるからやるのだとしたら、そんな事はただの見栄、建前、体裁、世間体だけであって、本当の意味で故人を偲んではいないとわたしは思うのです。やらなきゃいけないから、やるのだとしたら故人に失礼だと思うのです。
(偏った思考です。不快に思われたら申し訳ありません)