4月2日、マックスを天に返すことになりました。

2013年7月18日に生まれ、

8歳8ヶ月と半分でした。

死因は肺がんです。


細胞診ができず特定は出来ませんが、臨床症状や遺伝的要因から推測するに組織球肉腫だろうなと。もしくは血管肉腫かもしれません。


今までうちの犬に愛情を持って頂いていた方、本当にありがとうございました。



あの世で大好きだった祖父母に会えたでしょうか?

未去勢牡のバーニーズの平均寿命からすれば十分な時間を貰ったのかもしれません。

しかし、私が早く岐大にでも連れていけば、抗がん剤や手術でもう少しは長く生きれたでしょう。

愚かでした。許さなくていい。


誰にも咬み付かず、喧嘩を売られても買わず、なによりも私の巧くならない訓練と遊びによく付き合う忍耐、適度に番犬もしてくれて最高の犬でした。

容姿も非の打ち所がなく、

明るく活発な性格と無尽蔵の体力に楽しませて貰いました、ありがとう。



小さいときから頑丈で、いい環境でもなかったのに殆ど病気せず、皮膚病や外耳炎にすらなりませんでした。

老衰でヨボヨボになったら車椅子を買うから元気でいてと毎日言ってましたが‥


2月の最終週までいつものドッグフードを一粒も残さず、デザートまで完食、3月の頭までスピードも落ちずに3キロは歩け、死ぬ2週間前まで調子の良いときはトロットで走れました。


具合が悪くなってから練乳、柔らかくしたバームクーヘン、ジャーキー紗、ささみチップ、黒飴で命を繋ぎました。

糖質はがんの餌になるとまことしやかに言いますが、肉は受け付けなくなりました。


飼いやすいというのはこういう犬なんだなと常日頃から思っていましたが本当にいい子でした。

よく頑張りました。



宮崎の実家で撮られた写真です。
先代バーニーズを亡くして塞ぎ込んでいた我が家に届いた写真。
父イシドール譲りの整った外見です。


8歳半を過ぎても毎日遊んでました。
走るのも早く、本当は前十字が傷むのでやらせたらダメですが、後ろ脚だけで跳ぶのも余裕でした。
よく付き合ってくれました。


一日前まで私が近くに行くといつもの顔で見上げてくれました。この顔大好きだった。



動物福祉とは言いますが、
本音を言うと、寝たきりでもなんでもいいから生きて欲しかった。
せめて介護したかったのに結局何もできませんでした。
末期はこうなりますという説明を受けていましたが、直感的にそこまで持たないだろうなと。

いよいよ‥とはわかってましたが、
往診で点滴、ステロイド、セレニアを射ってもらい、ジャーキーやバームクーヘンを食べれるようになりました。
マックスが苦しいのはわかっていましたが、どうしても諦められませんでした。

以上の様に闘病に関しては薬を飲ませた事(もっと早くシメチジンを使えば良かった、インターフェロンを使ってやりたかった)、通院させたことに多少の後悔はありますが、
マックスに関しては眠らせてやらなかった後悔というのはありません。
家族が揃った日に穏やかにと決めてたように思えました。

今まで看取った数々の動物と同じく、最後まで実に立派な生き方でした。
悲しいことですが、感謝と共に敬意を表さなければなりません。

ありがとう。

本当に可愛い犬でした。








最後に、ダメな飼い主から皆様のお役に立てるとするなら‥
これは少しでも積極的治療をされたい場合の話です。


体表にしこりはなく、
聴診や触診、血液検査に異常がなくても、

痩せる、偏食、跛行、立つのに時間がかかる、結膜の充血、治らない口内炎や傷、歯茎が淡いピンク色、咳、えずき、走らない、妙におとなしい‥
嘔吐、尿が濃い、軟便、下痢などが3日も続けば、病院を変えてでもレントゲンやエコーを一日でも早く撮ってもらってください。
肺、肝臓、脾臓‥

特に5歳を過ぎた大型犬。
一般的な動物病院で多く診る猫や小型犬と比較にならないほど進行が早いのではないでしょうか。

これは先代のミロには出てマックスには出ませんでしたが、今まで脚を痛めたこともないのに跛行(歩くのを嫌がる、立ち止まる、脚を引き摺る‥老年性の関節炎で済めば良いけど肺や関節の腫瘍でも出る)は相当に苦しいか痛いのだと思います。

犬は我慢強いです。
特に大型は犬種の成り立ち的にも強いと思います。
2003年、ミロを飼う前にブリーダーさんに老年になってからの介護について聞きました。
マックスのときも聞きましたが、
両者から返ってきた答えは、立てなくなったら覚悟してと。
うちに関してはその通りでした。

数ヶ月前の健康診断では表れないこともあります。
目の前の可愛い犬を今まで育てたのは他でもないあなたです。
どうか飼い主の勘を信じてください。

ご参考になるかわかりませんが、フェイスブックのバーニーズの組織球性肉腫のグループです。