1年前の今日、私の愛猫ネコメイ♀が亡くなりました。



享年16歳でした・・・



途中で事情があり、実家で暮らすようになりましたが



最初は実家で暮らしていたので、



メイも実家に帰るような感じだったかなはてなマーク



と、勝手にそう思ってます。





12歳くらいの時から腹水が溜まるようになり



溜まっては抜き、薬を飲ませ・・・



それを何年も繰り返していました。



年数が経つに連れ、悪性の腫瘍が幅を利かせるようになり



薬の効果もなくなって行きました。



腹水を抜く頻度も2週間に1回くらいになり・・・



途中で手術することも考えました。



でも、高齢の為切除範囲が広いと体力が低下し



逆効果になる可能性もあると言われ悩みました。



そして、極端な病院嫌いな事、気性がとても激しい事



高齢な事、そういう事も考えて手術しないことを決めたのです。



病名は



肥満細胞腫



癌でした。



避妊手術をしていれば、かからない病気だったかもしれません。



どんどん食欲がなくなり、痩せて行く姿を見るのはとても辛かった。



体力がないくせに、呼ぶとちゃんと返事して私の元へ来る・・・



今思い出しても涙が出ます。



そして去年の今日、眠るように苦しまずに旅立ちました。



私は看取る事は出来ませんでしたが、安らかな寝顔で安心しました。



16歳という年齢は長生きだったのか



メイは幸せだったのか



もっと何かしてあげられたんじゃないのか



いろいろ思ったし、今でも思う事もあります。



だけど、私はメイと暮らせて幸せだった。



これだけは自信を持って言えるし、自慢できます。



本当に、私の元へ来てくれてありがとう。





メイが亡くなった2日後に、業者さんに火葬してもらいました。



メイを迎えに来た車のナンバーが115



生前、お父さんが乗っていた車のナンバーと同じでした。



お父さんがメイを迎えに来てくれた



そう思うと少しだけ安心できました。



火葬した後は49日を過ぎてから、



おばあちゃんの暮らす島の海へ散骨しました。



私の勝手な考えだけれど、私はお墓に入りたくないんです。



だから埋葬しないで散骨にしました。



もう天国に辿りついてるよね?



いつか私が天寿を全うして旅立つ時まで



虹の橋で私を待っててね、メイ。



たくさんの幸せをありがとう。



ずっと、ず~っと忘れないよ。





あなたに会うまで・・・☆~私の不妊治療日記~-060220_1515~01.JPG