260年9日
この日、元旅人ハンク・ブランドルはこの国を出て行った………
朝、いつものように家族とお喋りしたりした後畑の世話をしていたら、ハンクさんがやって来て話があると言われた。
最近はハーブ採取や釣りに誘われることが多かったので、てっきり今日もそうかと思っていたのだけれど…
「実は、生まれ故郷に帰ろうと思う」
とりあえず家に入ってもらって、ダイニングに座ってもらいお茶を出し、そのお茶で少し喉を潤してから言った第一声がそれだった。
親友ヴァレリアンとエウヘニョの父親で、近衛騎士隊の同僚でもあるハンクさんは、確かにそう言ったのだ。
僕はハンクさんが何を言っているのか理解出来ずにいたが、そういえばハンクさんは旅人としてこの国に来て、母の薦めで帰化したのだと思い出した。
つまり、ハンクさんの生まれ故郷はこの国ではないのだと。
いつ…ですか?
「…今日」
き、今日?!
「すまない、突然で。だが、随分前から考えていて、家族とも何度も話し合ってきたことなんだ」
家族…
みんなで帰るんですか?
ヴァレリアンも?エウヘニョも?
「いいや、子供たちはここに、この国に残る。子供たちにとってはこの国こそが生まれ故郷だからな。それぞれ家庭も持ってるしな」
じゃあ、サナさんと2人で?
「いいや、今回は俺1人だ」
え?
じゃ、じゃあサナさんどうするんですか?
1人になっちゃうじゃないですか!
「ああ、だからここに来たんだ」
え?
「本当はサナも一緒に帰るのがいいと思うが、サナはサナでまだこの国でやり残したことがあるって言うんだ。近衛騎士隊の一員としてまだやり切ってないって。俺はサナとは違ってやり切った感があったから帰ることを考え始めたが、サナは一度は隊長にまでなったからな。責任感もあるんだろう」
だったら、サナさんがやり切ったって思えるまで待っててあげたらいいのに…
「そうだな、それも考えた。でも、サナが言ってくれたんだ。“私はまだこの国でやることがあるけど、ハンクは生まれ故郷に帰ってやりたいことがあるんだよね?だったら先に行ってそれをやって欲しい。私も後で必ず行くから待ってて欲しい”って」
じゃあサナさんもいずれ?
「ああ、俺の生まれ故郷で一緒に暮らしたいって言ってくれてる」
そう…
ヴァレリアンもエウヘニョも納得してるの?
「まあ最初は揉めたがな…。でも、何度も話し合って分かってくれた」
そっか…
それなら、僕が止められないよね…
「ありがとう。その気持ちだけで嬉しい」
しばらく沈黙が訪れた。
ハンクさんは、この国でのことを色々と思い出しているのかもしれない。
僕もまた、生まれた頃から可愛がってくれたハンクさんとの様々な出来事を思い出して、少ししんみりとしてしまった。
「なあ、ユーリ。お願いしたいことがあるんだ」
しばしの沈黙の後、ハンクさんが徐ろに口を開いた。
お願い?
「サナのことをな、気にかけてやって欲しい」
ハンクさん…
「もちろん、息子たちにサナのことは頼んであるから、息子たちやその嫁たちに孫たちもな、何くれとなくサナのところには行ってくれるだろうと思う」
うん、そうだと思うよ。
ブランドル家はみんな仲がいいからね。
「でも、家族以外にも気にかけてくれる人がいると、もっと心強いと思うから。サナは基本的には強いが、寂しがり屋だからな」
だから僕?
「迷惑か?」
ううん、全然。
だってサナさんのこと大好きだもん。
頼まれなくったってサナさんを見守っちゃうよ?
「そっか、それは嬉しいなぁ」
それに、ハンクさんに頼ってもらえて嬉しい。
「…こういうの頼むとしたら、やっぱりユーリだろう。ツェリさんの息子だからな」
それって、2人をくっつけた母の責任を息子に取れってこと?
「まあ…そういうことだな!」
ちょっと!
感動して損した!💢
「アハハハ、冗談だって、冗談」
ハンクさんはひとしきり笑ったあと、改めて僕に頭を下げた。
「サナだけじゃなくてな、息子たちのこともこれまでどうり仲良くしてやってくれ」
やだなぁ、ハンクさん。
頭あげてくださいよ!
ヴァレリアンやエウヘニョとは親友なんだし、言われなくったって仲良くやりますって。
「そうだな、小さい頃からずっと一緒にいるもんな。孫の面倒まで見てもらって、ユーリにはほんと感謝してる」
やめてくださいよ〜。
そんなこと言われたら泣いちゃいますよぉ〜🥺
「ハハ、相変わらずユーリは泣き虫なのか?小さい頃はよくツェリさんに泣かされてたが」
昔とは違いますよ。
もう大人になりましたからね!
ちゃんと我慢出来ます!
そんな風に冗談を言いながら、僕はハンクさんとしばらくうちのダイニングで話をした。
思い出話はほとんどしないで、もっぱらこれからのことばかりを話した。
故郷に帰ったらのんびりと老後を過ごしたいってこと。
でも、もう長らく誰も住んでいない実家を人が住める状態まで戻すのに時間を取られそうだということ。
家がどうにかなったら、庭に小さくてもいいから畑を作って、この国から持っていく野菜の種を植えて育てたいということ。
サナさんが合流したら、自分の故郷をあちこち案内したいということ。
サナさんは身体を動かすことが好きだから、故郷の子供たちに剣術を教える教室をやるのもいいかもしれないと話したこと。
さほど長い時間話せたわけではなかったけど、ハンクさんは穏やかな顔で色んなことを話してくれた。
そういえば、こんな風にゆっくりとハンクさんと話したのは初めてかもしれない、と思った。
そして、この日の夜、エルネア波止場にはハンクさんの家族や友人、近衛騎士隊の隊員たちが集まって、旅立つハンクさんを見送った。
遠ざかっていく船に、いつまでも手を振っていたサナさんの背中がとても寂しそうだった。
なんとなく家に帰るのが億劫で、僕はしばらくエルネア波止場にボーッと佇んでいた。
他の人たちは三々五々家路に着いて、サナさんもヴァレリアン家族に家まで送られて帰って行ったが、僕はそんな人たちを見送ってもなお、エルネア波止場に愚図愚図と留まっていたのだ。
そこに娘がやってきて、もう夜だから帰ろうと言った。
流石に娘にそんなことを言われたら逆らえやしない。
僕は娘と手を繋いで家路に着いた。
「パパ〜、かなしいの?」
え?どうして?
「パパのお顔がかなしいよ?」
ああ、そうか。
うーん、“かなしい”じゃなくて“寂しい”かな?
「さみしい?」
そう。
「どうして?」
さっきね、パパのとっても大事なお友達が、生まれた国に帰ってしまったんだ。
だから寂しいんだよ。
「もう遊べないの?」
そうだね、しばらくはね。
「しばらく?」
そう、すぐに会いに行ける距離じゃないからね。
でもね、パパは信じてるんだ。
いつかまた、きっと会えるって。
だから、悲しくはないんだよ。
「ふーん…」
ちょっと難しかったかな?
「うん、よくわかんない」
ハハ、そっか〜、分かんないか。
まあ今はまだ分かんなくてもいいんだよ。
もう少し大きくなったらね!
「うん」
まるで何かを察したかのように迎えに来てくれた娘。
実は、迎えに来てくれたのは初めてのことだった。
そういえば叔母が亡くなった時妻が迎えに来てくれたなぁと思い出し、そういう素敵なところが妻に似てくれた我が子が嬉しかった。
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【中の人】
実はハンクくんから報告を受けたのは、この前年、259年の15日のことでした。
あまりのショックに、もう進めないでおこうか…とも思ったのですが、トリスちゃんの顔を早く見たかったこともあり、進めることに。
毎日カレンダーを恐る恐る見る日々が始まったのですが、まさかなんの報告もなかったウルリーケちゃんが先だったとはw
260年の初めに、立て続けにハンクくんの孫が生まれたので、もしかしたら孫の顔を見てから…ということだったのかも知れません。
ハンクくんはサナちゃんとセットで、フォロワーさんの国からお迎えした人です。
フォロワーさんのツイートを見ていて、いつの間にやら推し夫婦になってしまった2人を我が国でも見たいとワガママを言い、来てもらって即仲人をして夫婦になってもらいました。
フォロワーさんの国でのハンクくんはまだまだ元気です。
現役バリバリの近衛騎士隊長さんです。
なので、ガノスではなく生まれた国へ帰る…ということにしました。
その方が悲しくない。
…寂しいですけどね。
ということで、今回の運びとなりました。
この国に来て、サナちゃんとお見合いしてお付き合いして結婚して、2人の息子のパパになり、先に近衛騎士隊に入ったサナちゃんを追うように入隊し、五代目ツェリちゃんと六代目ユーリくんが散々お世話になったハンクくん。
笑っちゃうくらいの男系家系で、子供も孫も男の子しか生まれなかったハンクくん。
しかも、ハンクくんの遺伝子が強くて、子供も孫も全員ハンクくんと同じアッシュ色の髪の毛だったハンクくん。
沢山の思い出をありがとう。
あなたがこの国に来てくれたからこそ、ユーリくんにとって得難い親友ヴァレリアンとエウヘニョが生まれました。
中の人にとっては、推し夫婦が我が国を歩き、ハートを飛ばす様を見れただけでも尊死ものでございました。
いつかまたきっと会えると、ユーリくんも中の人も信じています。
くれぐれも身体に気を付けて、生まれた国でのんびり過ごしてくださいね。
ありがとう。
またね…




