261年29日









この日、僕は早起きをした。
まだ夜が明けきらないほどの時刻。
窓の外はまだ暗く、家族を起こさないようにそっと階下に降りて灯りを付けた。
キッチンへと向かった僕は、ケーキセットとボワの実などの材料を取り出してケーキ作りを始めた。
普段料理はあまり作らないのだが、割かし甘いものを作るのは得意な方だ。
いつも食べているラゴステーキは酒場で買ってきたものだけど、星の日に子供たちに配るお菓子は手作りしてるしね。
実は昨日、長女のベアトリスから突然の宣言があった。
曰く、「もうココイ豆カレー飽きた」と。
言っておくがカレーを食べることを強要した覚えはない。
ただ、ベアトリスが1歳になった日に朝ごはんとしてココイ豆カレーを渡して、それが3日ほど続いただけの事。
そしたら気に入ったみたいで毎日食べ始めたのだ。
初めのうちは嬉しかった。
カレーは栄養価が高く身体を強くするから。
だから次女が1歳になってからもカレーを渡しているし。
ただ、あまりにも毎日食べるので段々心配にはなってきていた。
2歳になっても食べ続け、このままでは丸2年カレーを食べ続けることになるって時になってようやく「飽きた」と言い出したのだ。
正直なところ、ほっと胸を撫で下ろした。
さすがにちょっと強くなりすぎじゃないか?と、思ってたから。
というような事情で、今日のベアトリスの誕生日にはケーキを用意してあげようと思ったのだ。
何せ、1歳の誕生日も2歳の誕生日もカレーだったからね。
ちょうどカレーを作り終えた頃に、ガヤガヤと話し声が段々と近づいてきた。
妻と子供たちが起きてきたようだ。
僕はケーキをベアトリスの席に置いて自分の席に座った。
僕のご飯は相変わらずのラゴステーキだ。
「あー、ケーキだぁー」
自分の席の所にあるケーキを見つけて、ベアトリスは急いで椅子によじ登った。
妻に抱き上げて椅子に座らせてもらったジェニファーがそれを見て羨ましそうな声をだした。
「ケーキおいしそう〜」
まあ、この子の場合食べ物ならなんでも羨ましそうに見るんだけど。
ほんと、外ではやめて欲しいんだよなぁ。
まるで僕や妻が食べ物与えてないように見られるじゃないか、って言ったところで本人には分からないだろうから言ってないんだけどね。
さあ、じゃあみんな揃ったからいただきますするよ〜。
「いただきまーす」
こら、1人で先に言わないの!
お祈りしてからだって何回も言ってるだろ!
「でも〜、おなかすいた〜」
「ほんのちょっとの間だから、我慢しようね」
「早くケーキたべたーい」
はいはい、喋ってたらいつまでも食べれないぞー。
といった、いつもの朝の光景のあとは、ベアトリスの誕生日を祝ってみんなで「おめでとう」を言う。
そんな朝だった。


この日は仕事納めの日なので、僕は昼から納剣式に出てきた。
隊長だった父がなくなって、副隊長だった姉が繰り上がる形で隊長になり、なんと僕が副隊長を仰せつかってしまった。
正直言って隊長だの副隊長だのってのには全く興味が無い。
龍騎士にはなりたかったしなったけど、隊長は仕事が多いし、副隊長だって隊長の補佐しなきゃなんないから面倒くさいんだよなぁ。
とはいえ、元隊長の息子で現隊長の弟なんだから、間違ってもそんなこと口には出せないけどね。
というか改めて思うんだけど、近衛騎士隊って女性が多いなぁ。
まあこの国の女性は強い人が多いからねぇ。
あ、そうだ。
来年から姉が正式に隊長になるんだし(今までは父の代役だったからね)来年は今まで父が来ていた黄金の鎧を姉に形見分けしよう。
一応僕が持ってるけど、あれは父が隊長の時だけ来ていたものだから、隊長である姉に譲ったら父が喜ぶだろう。
…まあ、姉に似合うかどうかは分からないけれど。




納剣式を終えたら、ベアトリスを食事に誘った。
やっぱり誕生日には酒場で一緒にご飯を食べたいからね。
トリスちゃんちゃんもまたひとつお姉さんになったねぇ。
「うん、わたしもうすぐ大人よ!」
大人…にはまだならないけどね。
でも1年間毎日学校に通って偉かったね。
「学校たのしいの!おともだちにもたくさん会えるし、せんせーたちやさしいし、おべんとうおいしいもん」
そっかぁ、楽しそうで良かった。
学校ではどんなこと習うの?
「えっとねぇ〜、この国のこととかシズニきょうのこととか、じぃじが行ったガノスのこともおしえてもらったの。じぃじはガノスに行ったんだよね?」
そうだね、ガノスにいるばぁばに会いに行ったんだ。
「あ、あのね、ジュリアおばちゃんがせんせーしてるんだよ!モフの毛でぬのを作るのおはなししてくれるの」
ああ、そうか。
姉さんが授業してるのか。
怖ーい先生かい?
「ううん、ジュリアおばちゃんはやさしいよ?」
へー、ちゃんと先生やってるんだなぁ。
でも、ジュリアおばちゃん以外にも先生から色んな職業の話を聞くだろ?
トリスちゃんはどんなお仕事に興味を持ったのかなぁ?
「んーとねー、のーじょーかんりかん!」
農場管理官?
へ〜、牧場のお仕事に興味があるんだぁ。
「うん、わたしラダ大好き」
実はパパもラダ大好きなんだ。
パパね、1年間だけだったけど農場管理官だったことがあるんだよ?
「ええー?!だってパパはこのえきしさんでしょ?」
今はね。
でもね、近衛騎士隊に入る前は農場管理官のお仕事をしていたんだ。
「へ〜、しらなかったー。パパがラダのおせわしてたの?」
そうだよ。
うちは牧場からとても近いだろ?
だから毎朝一番に牧場に行って、ラダに餌をあげてフンを拾ってラダのお乳を搾ってね、そしてそれでチーズを作ってたんだ。
「わたしチーズすきー」
じゃあ今度チーズケーキ作ってあげようか?
「パパってチーズケーキつくれるの?!」
こらこら、今朝だってケーキ作ってあげたでしょ?
「あ、そうだった。すっごくおいしかった!」
それは良かった。
あ、そうだ。
トリスちゃんももう3歳になったんだし、一緒に作ってみる?
「チーズケーキ?いいの?!つくりたーい!!」
包丁とかオーブンとかはまだ危ないから、材料混ぜたりするの手伝ってもらおうかな?
「うん、おてつだいする!いっぱいするー!」
おお、頼もしいなぁ〜😊
娘がちゃんと学校で学んだことを覚えていることに安堵したり、将来就きたい仕事を考えていたりしていることを知って驚いたり、一緒に料理をする約束をして嬉しかったり…
誕生日は、娘が日々成長していることを改めて知る日でもあるなぁと、しみじみと思う。
娘が3歳になったということは、僕も父親として3歳になったということ。
僕も娘同様に、父親として少しは成長出来ているのかな?
お腹を痛めて子供を産む母親と違って、父親には「なろう」と思わないとなれないものじゃないかと僕は思っている。
「なろう」と思って子供と関わって、少しずつ父親になるんじゃないかなって。
ベアトリスが産まれた時、こんなに愛おしい存在がこの世にいるなんて…って感動したけれど、あの時突然父親になれたわけではなくて、日々ミルクをあげたりオムツを替えたり抱っこしたりして、少しずつ父親の実感というか責任というものを感じた。
だから、次女のジェニファーが産まれた時には既に父親にはなれていたのかもしれないけれど、ベアトリスとは一緒に成長しているって感覚があるんだよなぁ。
そんな風に思うとさ、これからがもっと楽しくなるよね?
ベアトリスが成人する時、僕は父親としてどれだけ成長していられるか。
ちょっとワクワクするね!


ベアトリスと食事をした後、今度は妻がベアトリスとお出かけしたがったので2人を見送ってぶらぶらと歩いていたら、草むらから見覚えのある姿が見え隠れしていた。
何かを採るために屈むと、その小さな身体はすっぽりと草むらに隠れてしまい、採れたーと身体を起こす度にひょっこりと頭を覗かせる。
その姿があんまりにも可愛くて、僕は声もかけずにしばらく見続けていた。
ジェニファーはサリアの花やガーブ草なんかを採ったあと、どうやらメガネ石を見つけたらしく暫くメガネ石を矯めつ眇めつした後に、隣の草むらに移動しようとして途中で止まった。
暫く首を傾げたあとくるっと振り返って、僕と目が合う。
「あー、やっぱりパパだった!」
ジェニーちゃんは石探ししてたの?
「うん、そう。みてー、はじめてメガネ石みつけたのー」
ジェニーちゃんは凄いねぇ。
石探しの天才かもしれないよ?
「ほんとう?ジェニファーてんさいなの?」
うん、そうだよ〜。
大天才だよ〜。
「やったー、だいてんさーい!じゃあパパにこれあげるー」
ええ?!いいの?!
だって初めて見つけたんでしょ?
大事に取っておいたら?
「いいの。ジェニファーは石さがしのだいてんさいだから、またすぐにみつかるの。だから、パパにはじめてのメガネ石をあげまーす」
うわぁー、嬉しいなぁー。
ありがとう、パパの宝物にするね?
「えへへ、だいじにしてね!」
娘が初めて見つけた石を貰えるなんて、僕はなんて幸せな父親なんだろう。
昔はあれだけ結婚には否定的だったのに、いざ結婚して子供が授かればもう結婚して子供がいない人生なんて考えられないって風に考えが変わってるんだから人生って不思議だ。
やっぱり、何事もやってみなければ分からないってことなのかもしれないなぁ…

