流行の波と海の波、めっちゃ上手に乗れるならどっち? ブログネタ:流行の波と海の波、めっちゃ上手に乗れるならどっち? 参加中

そんなの、海の波に決まってます。

海の波に乗れてる時ほど、自分が主人公として五感がフルに充たされる気持ちイイ時間はありません(ってサーファでも何でもありませんが、、、)。

流行の波に乗れたって、そんなのは 主体性が全く感じられません。嬉しいでしょうか?自慢したいでしょうか?
○通とか広告代王里店の作った彼らの利益以外に全く根拠のないつまらない価値観です。

っと、くだらないブログネタがあるなーと思いながら、なぜ参加したかと言うと、

子供に対する親の行動でも、子供が主体的になるようにしていきたいと感じたからです。

例えばホルンを教えるにしても(教えませんが)、


私:「さ、ホルン吹くよ」

では無く、私が楽器の練習を始めると、息子が


息子:オ、ショレイイネェ。マークンモ、ホリュンフクゥ~♪


っと、言ったきっかけを大切にしたいですし、お互いに主体的に始めた事が、同じホルンであったほうが楽しい。

うーーん、ちょっと例が分かり難いですね。別のを。

お出かけの時とか、急いでいる時に、子供が靴を履くのに時間がかかっている時に、

結果として、靴のマジックを剥がしてちゃんと履く手伝いをすることになるとしても、

最初から私が手取り足取りするのでは無く、

息子:ネェ、クチュガハケナイ

と、息子が主体的に切掛を作って来た時にその解決を一緒に考える事で、今後の彼の問題解決手法の引き出しを模索する手伝いをすると言うか。


ちゃんと出来ている方にとっては当然の事なのかも知れませんが、この辺が見えてくると、育児雑誌で取材をうけている結構沢山の方が言ってる


「危険な事以外は、基本、好きにやらせている」


の意味が、危険な事に対する注意喚起・指導は

『親が主体的に行っている』

という趣旨なのだろうと勝手に解釈しています。


朝とか時間に追われている時には難しい事も色々ありますが、職場で他人に迷惑をかけている人(但し、ADHDの人は別で、病人として周囲の人間、、、まあ、ここでは趣旨が違うから書きません、、)と言うのは、主体的に生きていない人の様な気がしますので(全部人のせいにしたり)、

4歳児の時間の流れは、私達大人に比べれば穏やかな流れですが、同じ時間という枠で行動するにあたっても、彼の主体性を大切にしたいと感じます。