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お久しぶりです。

お盆前に一連の行事を行ってしまうようにとの事で(多分)、
短期間ながら通夜から初七日法要まで中身の濃い儀式に参列する事ができました。


息子も


息子:ナムゥ~~



っとちゃんと周りを見て同じように真似ていました。


泣いている大人を見て、


息子:ママ、カナチイノ?


っと質問し、


息子:ヨチヨチ・・・


と言いながら頭をナデナデできるようにもなっていました。

この年齢でも、


泣く = 痛い


以外の概念がある事に驚きました。

息子にとって悲しいって気持ちはどんなものから学び、どんな気持ちなのでしょう。



また、最近は絵本や歌の中で見聞きするようになった為か、


オバケ


と言う存在には、怖さ半分、興味半分なようですが、


人が無くなる→オバケ


と言う概念は持っていないので(私も今は信じて無いし)、無くなった祖母を見ても怖がらないし、
その夜も怖くて泣いて起きたとかそう言った事はありませんでした。
(私が小学校位の頃にそう言ったモノにハマって葬儀とかの夜にうなされた経験があるので。。。)


地域毎(宗派毎?)の違いも興味深く、
初七日法事も葬儀を行った場所で同じように行ったのですが、焼香を行う際にお賽銭を置くのは初めてで驚きました。

息子はお賽銭を置くまでは出来たのですが、


息子:ナムゥ~ナムゥ~


して帰る際に、そのお賽銭を回収しようと何度も試みて私に怒られて会場を和ませていました。


人のお別れの儀式に参加する新しい生命を宿して間もない子供。この対比が何かを結び付けているように思え、
悲しみの中に何か元気をもらったと言うか、自然の摂理として現実を受け止めて前進する為のパワーのようなものを感じました。