まず、パソコンでこのブログをみて下さっているかたは、以下のYouTubeの動画を是非ご覧頂きたいのです。

<リンク YouTube>
NES ボコスカウォーズ / Bokosuka Wars in 04:56


最初に断っておきますと、このゲームは朝目新聞社が主催する全国プログラミングコンクール 県北地区予選 の優良賞の作品ではありません。
アスキーと言う会社が作って、何と売り出していたファミコン用ゲームソフトです。

私の記憶が正しければ、
このゲームは主人公が木などの姿に変えられてしまった仲間を助けつつ、敵兵を倒しながら最後の敵、オゴレス王を目指す、横スクロール(残り「何メートル」と表示されている)のアクションゲーム。このゲームの画期的な点は2つ

其の1
敵の兵士に主人公がぶつかると自動的に戦闘が開始。
戦闘結果にプレイヤーの技量は関係なく、勝敗はランダムに決まる(のだと思う)点
つまり、なるべく敵を避け、仲間を救出せずにそそくさと先に進むべし。
苦労しても報われない と言うそれまでのゲームには無かった作品として、歴史的評価は高いかもしれません。
私はこのランダム関数がアクションゲームとして理解できず、クリアは勿論、全く先に進めませんでした。


其の2
このソフトの説明書には、歌詞カードがありました
ゲームをしながら歌う事で、戦闘への士気を上げ、ボイストレーニングまでできてしまうのです。
そして、歌詞が以下の通り。これを永遠と歌うわけです。
子供が部屋に閉じこもって。

ちなみに、いまだに下の段の4-A、4-Bどちらが正しいのか記憶が定かではありません。
私的には4-Bのパターンが好きです。

おんぷ(ジャララララー)

おんぷすすめーすすめーものどぉーもぉー!

おんぷじゃまなーてきをーけちらぁせぇー!

おんぷめざせーてきのーしろへーーー!

4-Aおんぷおーごーれーすーたおすのだー!
 or
4‐Bおんぷおごれーすーたーおすのぉだー!


ちなみに、ファミコン初期の作品ではありません。

発売年は1985年

そう、あの伝説の始まりとなった 

マリオ スーパーマリオブラザーズが発売された年


ある意味伝説のソフトですが。。。


1985年のあの日、私は二人の友人から遊びに誘われました。

一人はお母さんが美人でおやつが美味しく、妹も可愛かったU家君、

そしてもう一人は、

テレビに爆弾が仕掛けてあり、1時間以上ゲームをすると爆発すると言う理由で自宅に招いてくれないY田君。

U家君は勿論、マリオをやろうぜ!と、いつもの嬉しいお誘いが。

しかし、

「すげーゲーム買ったんだ!やらしてやってもいいよ(ニヒッ)アクマ

と言う、悪魔の誘いに、ハレー彗星のような希少価値を見出してしまった小学生の私。

Y田君のアパートへ。

中に入るとテレビの部屋に通されました。
一見、ちょっと古めの普通のテレビです。

すると、隣からY田君のお母さんの声が

恐M夫!1時間以上やるとテレビが爆発するからねむかっ

と、なぜか怒っています。

(テレビの事は) ほ、本当なんだ!えっ

と、関心する一人っ子で世間知らずな私。


しかもお母さんはいつも顔をださず、

恐M夫!ちょっと!むかっ

と、息子を呼びます。


すると、Y田君、

「これ、ゲームやる前に歌覚えないとやれないんだよん(ニヒッ)アクマ

と、悪魔のささやき。
(この時代はゲーム大会を開催する家の本人に権力があった)

そして、説明書の後ろのページに書かれている歌詞カードを読み、歌の練習。

「すすめーすすめーものどぉーもぉー・・・」

覚える事10分。

やっとゲームができる喜び、と言うよりも歌の時間から解放された喜び。


しかし、ゲームが始まり、音楽に合わせて歌う練習がはじまる。
しかし、ゲームは超難しく、4フレーズ目を歌う前に死んでしまう。

こんなの嘘だ

こんなの嘘だ

きっとこのゲームもマリオマリオみたいに面白くなるんだ

と、願う私。

しかし、一向にありえない展開

Ⅱコントローラーのマイクで歌ったら強くなるかも

と言う裏ワザまで試したものの勝てず、なかなか4フレーズ目まで歌えない。

私はテレビの爆発時間を待たずにY田君の家を後にしました。

U家君の家での紅茶とケーキとマリオを想像して、とっても切なくなりました。

もう一度、一番最初の動画のリンクでプレイ画面を歌いながら見るとさらにお楽しみいただけると思います。


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